妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

レイ11

南斗聖拳は破壊を究めた流派だが、決してそれだけの拳ではない。もしそうだとすれば、北斗神拳の秘孔点穴をも否定しかねない拳圧だけで岩をも穿つであろうラオウ剛拳は、南斗聖拳の存在価値を根底から全てを根こそぎにするだろう。

トキを前にして隙だらけの上体を晒した俺に身体を屈める時間はない。
俺は南斗聖拳の瞬間飛翔術で空中に跳躍した。僅かな身体の動作だけで舞い上がる。高さはそれなりになってしまうが、両腕は伸ばし切られ、身体も浮き足立っていた状態で居続けることは終焉を意味する。
言い方は何通りもあるが、俺という男の全てが終わる。
地面を捉える僅かな足場を使い、俺は宙に舞った。南斗聖拳に鳥の名を冠した流派が多いのは決して伊達ではない。
動きを取れない空中。だからこそ、それに挑戦した南斗聖拳には意味がある。南斗聖拳の飛翔術は、「斗の拳士」にとっても無防備な空中を絶対領域に変えた。

宙にて大きく後方に回転し下方のトキを、今度は斬る!
この戦いで初めて見せる俺本来の形。頭上からの斬撃。
「!」
必殺の斬撃を仕掛ける心算ではあったが、トキがその場にいないことは想定していた。ただ、想定外だったのはトキがどこにもいないことだった。
距離を離して移動しているでもない。考えられる唯一の理由。
トキは空中で俺の背後を取っている!!

予測に勝る反応なし。
トキは俺が跳んだ時点で何を狙うかを知っていたのだ。
俺は身体を捻りながら、そう得意ではない蹴りを背後に仕掛けた。倒す蹴りではない。

ガッ!
俺の目が捉えるより先に俺の蹴りは背後のトキを打っていた。もちろん、蹴りそのものは受けられている。
それでいい。
受けられた蹴りの反発で俺はトキから離れることができた。いかにトキでも空中では俺の蹴りを流せないようだ。

着地のタイミングは同時。こちらの方が早ければ追撃できたが、そこまでのツキはなかった。と思ったところで、それで決まるほど容易な男ではあるまいがな、このトキという男は。

「流石レイ。流石は南斗水鳥拳。今のは私の間合い。私が極める間合いだった」
流石なのはそっちだ、トキ。
そうなのだ。トキは俺の拳を見たことがない。俺がトキの拳を見ており、トキは俺の拳を見ていない。そんな有利点があっても、こちらが押されている。
押されている、、、か。トキは待つ拳だ。こちらが教えを授かる者ということで俺は積極的に攻めるべきだが、、、

待ってみるか?
それでは本末転倒か?

俺はトキに疾り出していた。あくまでも目的は柔の拳を知ることだ。さっきは試せなかったが、今度は斬撃にてやらせてもらう。
身を低め、両腕を開き、トキ目掛けて疾る。
ほんの5,6mほどの距離だが、脳が限界まで覚醒した戦闘中の俺たちならば多くの「会話」ができる。指先が空気を斬る。俺は「疾さ」に乗った。

「しゃっ!」
俺の拳が速さを増し、その空気圧により水の中で手を動かすような重い実感がある。それを斬る! それを裂く! それを断つ!

さあ、トキ!
今度は直線の動きではない。南斗水鳥拳の武舞、どう凌ぐ!

「でやあ!」
可能な限り隙のない斬撃の回転でトキを追う。
やはり!
ケンシロウとやり合った時と同じで無駄に退がらず、距離を置き過ぎず、トキは回避するのではなく見切ろうとしている。

「これだ」
また脳内でトキが言葉を発した。外角からの曲線を描いた左手の斬撃を、トキが今度はやや下から押し上げた!
軌道を変えられた上に勢いを倍加された俺の左手は右肩の方へ持っていかれ、実際右肩の後ろを強く叩く結果となった。咄嗟に南斗の裂気を抜かなければ自分で自分の右肩を斬り裂いていた。

俺の拳を更に追って加速させる? そんなに拳速に違いがあると!?

大きな隙を与えたが、、だが、俺は十分に床面捉えている。俺は最速でトキから離れた。ドン、、背中が壁面に当たる。当たらないように測っていたが、極度の緊張が空間把握を狂わせている。
今の間にしても背後に退がる俺をトキは追えなかったか?

「フッ」
鼻で笑ったのではない。トキは咳き込みそうになっていたのだ。
だから俺を追えなかったのか。病人でなければ、、、トキ。だが、お陰で俺は命を拾ったのだ。
いつの間にが俺は全身が汗まみれになっている。トキの技量に驚愕している。
しかしわかったぞ、トキ。
常人であれば、いいや、「斗」の拳士であっても余程集中していなければわからないであろう。俺の拳が流されたあれはトキが弾いたようにしか見えなかっただろう。

加速だ。
俺の拳に触れて弾くのではなく、押す。押しながらもその力を徐々に速く強く加速させる。これは単純な拳の速さの問題ではない。
身体の連動だ。
連動の順番はまだわからないが、手で押し、肩で押し、腰で押し、膝で押す、、、そんな連続の動きに関わらず継ぎ目がない。もちろん、そのどれもに氣が込められている。
トキの柔の拳は上等な絹に指を這わせるような、折り目も縫い目もまるで感じさせない究極の流暢だ。
拳も速いが、実際俺の拳速との差はほとんどない筈だ。なのに俺の拳を押してあらぬ方向に吹き飛ばせるのは、、、、
最短距離で拳を放つからだ。俺の曲線を描く刃筋を見切り最短のコースで追い付き加速させる。大回りより小回りの方が速いのは当然。
これも全ては、、、流れだ。一瞬の滞りもない流れだ。
どうやってこんな拳を身に付けるに至った?
いや、技術だけの問題ではない。俺の拳を見切る能力だ。これなくしては捌きも受け流しもない。

そんな俺の心情を察してか、トキが口を開いた。
「どうやら、得る物はあったようだな」
「もちろんだ。だがでかすぎて困惑している。それを俺の物にできるか甚だ疑問だ。トキ、、あなただから可能なものではないかと自信を失いそうだ」
俺はトキの偉大さに感服し、「あんた」と呼ぶと決めていたのに「あなた」と言ってしまっていた。

「人は私のことを天才と言った」
「それ以外あり得まい」
「謙遜するわけではないが、私は天才ではない」
そういう謙遜はやめてくれ。トキが天才でないなら俺はどれだけ才能に恵まれなかった凡夫なのだ?
「だが、私以上に拳を追い求めた男を、私は知らない」
「トキ、、、」
「さあ、来るがいい。決着の時だ」

俺は挑戦者、教えを乞う者。
覚悟を決めて間合いを詰めた。