暗い森を彷徨っているような感覚、、、俺は気絶していたと自覚した。全意識を集中し、その靄のかかった森から脱出を試みた。
俺は両目をカッと見開くと、辺りの気配を察しながら、同時に自分の肉体の状態を確かめる。不動のままに。
人の気配はあるが、特に差し迫る危険はない。躰にも問題はない。それでも油断なく、俺は静かに身を起こした。
「つっ!」と俺は小さな声を出す。動いてみて初めて俺は、感知できなかった肉体のダメージに気がついた。
俺はベッドの上に横たわっている。個室。小さい部屋だった。
するとちょうど、ドアのすぐ向こうに気配が感じられた。静かにドアノブが回り、スッとドアが開くと。
「あ、、」と俺は呆けたような声を発し、同時に「あ!」と女の声がした。声の主はすぐにわかった。わからない筈はない。
「兄さん!」
「アイリス!」
いや、アイリだ。何かしらの負傷を抱えていた俺は、意識もまだ完全ではなかった。それでもすぐに間違いに気がついたのだから、まあいいだろう。
「兄さん、気がついたのね!」
コップ一杯の水をもらい、一気に飲み干すと気分が爽快になり、思考も冴えて来るのがわかる。しかし何故、俺はここにこうしている?
ん?、、足音、、、若い足音複数、落ち着いたスキを感じさせないもの、そして、女?
「レイさん!」
「レイ!」
「レイ!大丈夫かよ!」
「おお!気が付かれましたか!レイ様!」
シバとリンとバット、、、あと誰だこいつは?
「レイ様、私はここを、えっとこの拠点をシュウ様から任されている、、、」
男は名乗ったが、俺は聴いていなかった。記憶が戻って来ていたからだ。
そして、、「レイ、起きたのね」
「マミヤ!」
いや待て!何故ここにマミヤ、、、いや、アイリもリンもバットも! そしてシバが!
シバ!?、、、、爆発!?
「は!!」
俺は混乱した。強烈な爆発があった筈だ。何の爆発だった!?
取り乱す俺に、「まぁこれ飲んで落ち着けよ」とバットが差し出したマグカップ一杯のコーヒー。
コーヒーなんて久しぶりだった。混乱する記憶は時間経過によって再構築されるだろう。飲みたい、という肉体の強い欲求に従った。
インスタントの安い、しかしこの時代にはダイヤよりも高級ではないかと思える贅沢品。口内に広がる甘い香りとほのかな苦味。
元の水が美味いのだろうか、それとも久しく口にしていないがためか、安っぽいコーヒーが心に染みた。
落ち着きを取り戻した俺は、やっと人の話を聴ける状態に調った。
バットによると、以前の村が拳王軍リュウガ直轄の支配下に入るスキを突き、逃亡を成功させたという。
無茶をする!全く!
続く話によると、やはり楽な旅なわけもなく、ともに逃亡した何人もの男たちが賊に襲われ命を落としたという。
そのピンチを救ったのが、シュウたちの部下だったようだ。
それでこうしてここで再会できたのだから、これは僥倖と言う他ない。
俺はマミヤをチラ見する。南斗聖拳を身に付けた俺が、たった一人の女と目を合わせることに恐れを抱いている。
全てはそう、「あっちの世界」ではないからだ。気まずい。気まずいままだ。
「あ!!」
突然に記憶の再構築が完了した。
「ケンシロウは!!!?」
狭い部屋内に俺の大声が響く。
「兄さん」
「ちょっとレイ、いきなり大声」
「ケンシロウはどうしてる!?」
アイリとマミヤを遮り、俺は胸ぐらを掴み上げた。先ほど名乗った知らない男のを。
殺気は発していないが、俺は興奮していた。掴んだその男の襟元が音もなく綺麗に切り裂かれた。
歴戦の勇士かも知れないが、その男は泣き出しそうな顔になり、青ざめている。
無理もない。俺がシュウの友人とはいえ、この男は俺のことをよくは知らない筈。そして南斗聖拳の恐ろしさは、シュウの部下で知らないわけもない。
すまん、という余裕もなく、俺は捲し立てた。
「あのバカ野郎どもめ」
俺は呟く。
ケンシロウだけではない。尊敬するシュウも含めた、バカ野郎ども、だ。何故俺を置いて行く?
聖帝軍本体に本拠地が攻撃されていることを知ったシュウは、負傷している俺を起こさずに救援に向かった。
ケンシロウは俺より早く意識を取り戻すと、シュウの後を追ったという。
、、、わかってるんだ、俺は。
ケンシロウお前は負傷している俺に気を遣ったのではない。どうせ、北斗神拳の宿命とかサダメとか言ってサウザーの元に向かったんだろ。
だいたいあいつは俺より重傷じゃなかったか?
「大きな蹄の跡?」
ケンシロウはよく手当てされた状態で横たわっていたという。俺はついでだとばかりに隣にそのまんま寝かされていたという。
もしそうなら、秘孔点穴によって、ある程度は回復が促進されているかも知れない。俺は全く以って、「ついで」だったようだが。
それにしても聖帝軍でも把握していないこの拠点を拳王勢は知っていたということか。
シュウが聖帝サウザーに敵しているが故に敢えて放置していたということか。ならばこの俺もサウザーに対する駒として、ついでに救出されたのか?
「ちっ」
俺は舌打ちした。
「バット、シュウとケンシロウはどのくらい先に出たんだ?」
「ああっと、うんとよぉ、、」と頭を掻きながらバットは考えている。急いでくれ!
「3時間くらいかな」
それを聞いて、また俺は舌打ちする。だが、昨日とかそういうような話ではないのは幸運だ。
「バット、アイリ、リン、お前らはここに隠れてるんだ!」
マミヤのことは「お前ら」の中に含めた。そして「こいつらを頼んだぞ」の思いを込めてマミヤを見る。
「任せて」というようなマミヤの頷きに俺は無理矢理自分を納得させる。
レジスタンスにバイクを借り、急いで跨ぐとセルスイッチを押す。
「?」
「レイさん!キックでエンジンかけて下さい!」
シバだった。
「わかった」
とにかく俺は焦っている。シュウが矢に射られ、トドメに大槍で胸を貫かれているあのビジョンが鮮明になって来ている。
バイクで勢いよく、俺は飛び出した。
「あ、レイ様!」と誰かが叫んだが、それに応じる余裕はない。
、、、、すぐに気づいた。焦っている。故に興奮を抑えられない。
「どっちへ行ったらいいんだ!」
怒気を交えて俺は振り返った。恥ずかしさを隠す意味もある。少なくない。
「レイさん、、これ持ってきますか?」
シバ、、、父の身を、そしてその父シュウがこの乱世の希望・光と思いを託すケンシロウを案じているだろう。
それでもこの若者は努めて冷静に振る舞っている。見習うべき特性だ。
バックパック、、、中身は例のアレか。あまりに出来のいいアレか。
「あの辺まで行けば聖帝十字陵が見えます。そっちです!」
「わかった!」
バイクの後輪を砂で滑らせながら、俺は表向き廃墟にしか見えないレジスタンス拠点を後にした。