妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

159.蝙蝠

私、、、というものはですね、同じ女の方と寝たことがないんです。何もこれはシュメの中では私だけ、というような、特別な話ではありません。

実行役、それも腕利きなほどに同じような境遇だったりします。特定の女に執着するようだと、腕が鈍りますからね。

「仕事」のときにほんのほんの小さな迷いを生じさせ、そのちぃ〜さい迷いは「仕事」を失敗させかねない。

シュメの中における私ら「家族」を全員無職にさせる危険性があるんです。

もちろん、そんな者たちに何らかの保証なんてありません。「表」にも居場所なんか作れませんし、酷く惨めな役割に落とされてしまいます。

おっと、悪い癖です。無駄話でした。

 


こんな変わり者の私ですが、男としての機能は正常でして、時折りどうにも滾ることがあるんです。

常人には続けられないような「業務内容」ですから、不能者になる者も決して少なくありません。

私は生来なのかどうかはわかりませんが、性酷薄なところがありましてね。

そうですね、、仕事とあれば人のお命を頂戴することさえも、「表」の人間が一つの健全な仕事をこなすのと、多分感覚は変わりません。

あぁ、また余計なことを、、、すみません。

 


というわけで、女の方ってのは私にとって、処理の対象に過ぎませんでした。

そして特定の女に執着することを防ぐため、同じ女と寝ることは、ただの一度もない、ということになるのです。

女たちの顔をいちいち覚えているわけではありませんが、一度会った、しかも濃密な関係になった相手なら再会したときに思い出せないほど、鈍い私ではありません。

長くなりましたが、私にとって女というものはそれだけの「物」、という存在でした。母親も知りませんしね。

 


「ヘンショウキ様、あの方は?」

 


私は随分と間抜けな声でそう言いました。

、、、ヘンショウキ様は山中にある美しい滝が見える景観の中で、ご自分の技を研鑽されるのが好きな方でした。

滝の飛沫が日光の通過を許すと、小さな虹ができる。私たちはお互い蝙蝠でしたが、そんな明るく温かいあの光景を今でも思い出します、はっきりとね。

まだ世界がこうなる前の、今から振り返れば奇跡と言いましょうか、楽園と申しましょうか。フフ、楽園とはややおかしな気もしますね、シン様。

戻します。

私の目に優しく入り込むその美しい光の中、その真ん中に、若く麗しい女の方がおりました。

シン様ならお分かりになるでしょう。目が離せないのですよ。心配で目が離せないのでは、もちろんありません。

この両の目を、かの方から移すことができない。できなかったのですよ。

 


南斗蝙翔拳、、羽ばたく蝙蝠なわけですが、あの方の空舞は、私には蝶のごとくに思えました。

蝶、、、蝶でしたね。闇夜を静かに音もなく飛ぶ蝙蝠というよりも、蝶のように静かな、、、ああ、私の持つ言葉の弱さよ、不自由さよ。

まるで泳ぐようなあの見事な武舞は、かつてシュメの里でよく見つけては目で追ったウスバカゲロウやイトトンボのようでした。

いやいや、蝶なのかトンボなのかどちらなんだって話ですがね。

南斗蝙翔拳は修行であっても黒くてゆったりとした闘着を身に付けるんです。その名の通り、主に暗闇で仕事をするのが蝙翔拳でしたから、、、

そのゆったりとした着物のお陰で敵に急所を見誤らせる効果もありましたが、やはり「蝙蝠」に拘ることで「らしさ」を出していたんでしょう。

まあ、その服のたゆみが、私にはアゲハ蝶の羽のように、黒く優雅な輝きに思えたんです。

何でしょうねぇ、、、あの方よりも美しい女の方とも幾人かはお会いしております。

もちろん、一夜だけであったり、或いは「表の人間」の振りをして滅びる前の街を往き来していた時に、少し絡んだだけ、ならね。

かのヘンショウキ様は目つきも悪く、言ってみれば、どことなく鬼の面を思わせるような形相でしたが、その受ける鋭い印象が、

あの方の場合となると、不思議なもので、こちらの魂を吸い込むような魅力へと昇華されておりました。

かの方は蝙蝠なのに、蝶なのに、私はまるで蜘蛛の巣に引っかかってしまい逃れられない、それこそ蛾のような気分でした。

単に容姿が綺麗なだけではない。南斗の女性(ニョショウ)それも「現場」もできる立派な一人の拳士でもあり、危険な香が、、チープな表現で笑えますが、あったんです。

踏み込んではならない。これ以上関わってはならない。

身の危険というより、南斗様との身分の違いというより、それらよりも、私の追い求める「忍」への道を妨げることになる。間違いなく。

しかしです。性酷薄な人外の者である私が、たった一人の女性に思いを乱されている。

現にこの頃、何でもない仕事を危うく失敗するような事態にも陥り、私は「家族」に暇を願い出ました。

あの方にはもう会うまい。そう誓いながら、それができない自分をどっか上から見ている、また別の自分がおりました。

 


「おう、蝙蝠。こいつぁ俺の娘、ホタルだ」

 


フフフ、何の笑い話でしょうね。流派は蝙蝠、その武舞は蝶。そして名は蛍。

美しさの中に強さを持ち合わせている。いかにも南斗様のような鋭くしなやかな強さをです。

 


あぁ! しかし無情なことに!

 


ホタル様は既婚者でした。私たちシュメと違い、正式な婚姻の元にある夫婦(メオト)でした。

いえ、、あの方がまだ独り身であったとしても、私はシュメの者。南斗様との間には深い溝があります。

忸怩たる思いを耐え忍ぶではなく、、私は無関心を装いました。この振りを続けて行けば、やがて本当にそうなると信じながら、、、。

 


しかしながらもちろん、人のものであるあの方を欲する男も少なからずおりました。

そう、南斗様の中にです。