妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

レイ16 ユーディーン

もし、俺のここまでの半生で、転機となった人間を挙げろと言われたなら、それは三人、そしてもう一人特別な人、と言うだろう。

そのもう一人と言った特別な存在、、、、
南斗聖拳を身に付け、組織の頂点である六聖拳の一人にまで上り詰めた俺でも、誕生の時を思い出すことはできない。
きっと、いや、間違いなく、彼女は俺を抱き上げ、あの麗しい笑顔を向けてくれたことだろう。
一方で、父親と来れば仕事以外に興味も趣味もないような、そんな男だった。
だが、これは真面目だけが取り柄のつまらない男だった、とお決まりの下りに続くわけではない。
あの男にとって仕事、というのは私生活の全てだったが、これも、彼は所謂仕事人間だった、と続くわけでもない。
幸いなことに、俺は少しもあの男に似ることなく産まれて来れた。あの男が実父であることは紛れもない事実だが、俺はそれを認めたくはなかった。
だから俺は、あの聖典の人物のように、処女懐胎によって生を受けたのだと思うことにしていた。世界で最も美しいあの人から、聖霊によって命を受けたのだと。
もちろん、現実は違うとわかっていた。
まだまだ幼い時分に、俺は夜中たまたま寝付けずにいて、広く薄暗い屋敷の中を一人彼女の姿を求め部屋を訪ねようとした。
どんな物音、そして声がしたか、、、そこから数年経たなければ、その意味は理解できなかったが、俺はそれを未だに認めていない。
彼女は催淫薬を盛られた、とさえ思っていない。
あの男によって彼女はどこぞへ押しやられ、愛人と夜を営んでいただけだと、思い込むようにしていた。
とにかく、俺にとって彼女は絶対で、その世界一の美貌をまるごと受け継いだ俺という人間は、この美しさを以って、神が創造した万物の中で最も美しくあるべきだと、そう考えるようになっていた。
俺にとって彼女は絶対だ。俺の命がどこまで続くかは知らない。だが、この思いが揺らぐことはない。それが絶対というものだ。
ならば、、、その彼女が天に召されたときの悲しさをわざわざ表現する必要はないだろう。あの悲しみと苦痛を表す言葉は、きっとこの世界にはない。
広い墓地の上方には、蒼く高い空がどこまでも続いていた。こんな悲しく、苦しい日なのに何故天はしれっと晴れ渡っていたのか。
あの男は人目憚らず泣き崩れるようにして、茫然としていただけの俺を、両膝を着いて抱きしめた。
だが、あれはポーズに過ぎないことを知っていた。とんでもない役者だと、俺はあの男に嫌悪を抱き続けていた。
周囲の人間は、泣いてさえいない俺を、まだ母親の死を受け入れられないからだと憐れんだが、そうじゃないことを俺は幼心に理解していた。
その日に死んだのは母親ではない。死んだのは俺だったのだと。
それから数年、俺が軽蔑しつつも、あの男の元を離れなかったのは、極めて単純な理由だ。快適な生活があったからだ。それだけのことだ。

 

残った三人、、、その一人目の男の話をしよう。
この男は俺が南斗聖拳に出会う機会を与えてくれた。
ある裕福な老人の警護で、その若い男は現れた。
私服での警護、と言ってもスーツ姿だが、黒い髪は丁寧に、というよりも、完全に、という言葉の方が合っている。完全に撫でつけられていた。
スーツの下は、これも完全に鍛えられた肉体であることが容易に想像できた。
顔に大きな傷があり、それよりもその男は片目で、右目に黒いアイパッチを着けていた。
武器商人だった父は仕事でよく家を空け、そして来客があるのも常だったが、そいつらの容姿は皆一様に醜かった。強欲と非情と自己愛を上等な服で包んでいるようにしか見えなかった。
そんな奴らについて来る警護の男たちは何人も見ている。鍛えられ、鋭い目付きを持つ彼らは幾分かマシに見えていたが、その片目の男は一際違っていた。

俺の悪戯心に火が灯った。

俺が七歳になる、少し前だった。
母親から受け継いだ美貌は、この歳で既に大人さえも目を留めるほどだった。その気(け)がない者も、俺を見て一瞬視線が止まる。それが面白かった。
父と呼ばざるを得ないあの男の仲間たちにはその手の変態性欲の持ち主も少なくなく、俺を見る目が色目だったことも珍しくなかった。
だから俺は、まず唇を噛みしめておき、そして、黙って扉の前に立っている片目に話しかけた。
俺の白い肌が赤くした唇をより一層際立たせる。この警護の男の反応が楽しみだった。
ピシッと決まった軍人の鑑のような男だ。きっと元は軍人に違いない。いや、年齢からして現役かも知れない。
俺は唇を強調し、少し突き出し気味に作り最高の笑顔で無邪気を装い話しかけた。その男はと言うと、信じられないことに俺の美貌には全く無反応だった。
上目遣いに、挑発気味に幾度か他愛もないことを質問するが反応は変わらない。質問には答えてくれたが、要人の子息であることには気を遣う様子はなく、むしろそれは俺にとって珍しい経験で、この若い軍人へ好感を持った。
それでも、俺の色仕掛けを真似た悪戯にまるで反応しないことは悔しくあった。ふと、ある考えに至る。
心を読まれているのでは?と。
男は終始無表情で、やはり完全な立ち姿を崩すことがない。その視線は鋭いでも鈍いでもなく、こちらを洞察していると思えた。
俺がこの男を、、全くそんなことを考えてはない振りをしながら、実は誘惑して遊んでいる、、、ということも見抜かれている気がした。
豚肉を上等のスーツで包んだ珍味たちの会合が終わると、片目は自分の豚主人に何やらかの報告をしている。
それを受けた豚肉は俺の方の豚肉と話し込み始めた。

そこからは割愛する。
家を出る俺を涙目で見送る召使いたちのことも、どうせ美しい俺の顔を見れなくて悲しいだけだろう?としか思わなかった。
あの男、豚肉の方だ。奴は俺を家から追い出せて都合がいいのだろう。悲しそうな顔を作っていたが、隣に立つ鶏ガラのような派手な女との邪魔のない生活が楽しみでしかないだろう。

とにかく、あの片目の男が俺の才能を認め、この山奥の禁制の地へと導いてくれたわけだ。
そう、もちろん南斗の里へと、だ。