妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

53.

「ささ、こちらです。足元お気をつけて」

風もない穏やかで静かな夕刻前。蝙蝠は辺りを警戒しながら倒壊したビルの合間を抜け、約束の合流地点へと向かう。
キヨミとサウザーの子、年老いた侍女が三人。蝙蝠だけならともかく彼女たちは常人だ。そのペースに合わせての遅さに焦りを感じる。

蝙蝠自身はかなりの手練れである。敵兵に囲まれても逃げるのは容易。返り討ちも十分に可能。しかし、戦えぬ人間を守りながらでは満足に立ち回ることは困難だ。
最悪の場合、三人の侍女は守護対象から外さねばならない。
キヨミ、そしてサウザーの遺児はというとほぼ表情がない。キヨミに関しては運命を受け入れて尚且つ流れに身を任せているようにも思える。
問題はサウザーが残したこの少年だ。最早この子が帝王として君臨することはないだろう。誰も悪の帝王であり、そして南斗内にも多大な怨みを残すサウザーの子をわざわざ神輿として上げる者はいない。
無表情、、、いや、目だけは前を見ている。前、、、漠然としているであろう、そして過酷なものになるかも知れない先を見ている。
父の死を乗り越えて先に進んでいるように見える。
だとしたら、途轍もなく強い精神の持ち主。蝙蝠から言わせれば強い故に魅力のない少年に思えた。

 

「そこまでだ!」
「む!」
ビルの陰や倒れた建物の一角の上方に矢をつがえた兵たちが彼らに狙いをつけている。その数5名。剣や槍で武装した者ざっと20名。
風下での待ち伏せ。とは言え蝙蝠の不覚であった。


「フハハハ、さすがはヒルカ様。あの方の読み通り。聖帝めの劣悪で悪臭放つ腐った胤は捕まえ苦しめた末に絶やさねばならぬ。その大当たりの役目は俺の元に転がり込んだわ!」
指揮官と思しき男が手柄を確信して吠える。
動いたのは三泰山のバイケンだけではなかったのだ。ヒルカ本人は別の箇所で張っているが、前もって部下たちをいくつかのポイントに振り分けていた。
「聖帝めの売女と劣等のガキは生きて捕えよ。後は、消せ! そしてお前はヒルカ様の元へ急げ!」
と脇にいた兵に命じる。

上官ヒルカの顔を立てておけば拳王の統治による新政府の中でも間違いなく高い位に就けるだろう。


武装兵たちがガラクタの足場を降りながら近づいている。5名の射手は落ち着いた様子で狙い付けたまま不動の状態だ。
恐らくそれなりの腕前。構えた弓も元は競技用なのだろう。狙いは正確な筈だ。
流石の蝙蝠も打つ手なしに思えた。敵の人数しかも弓兵たちまでいては守りながらの戦闘はもちろん逃がすのもまず不可能。

ガシャ! 敵兵が瓦礫の山から降り立った。
「おおお!」
先頭の槍を構えた敵兵が蝙蝠たちに襲いかかる。迎撃の蝙蝠は懐の短刀に手を伸ばした、、その時だった。素早い何者かたちの動きが目に入った。
「間に合いましたか」
まだ安心できる状況にはないが思わず蝙蝠は安堵の息を吐いた。
いつの間にか弓兵たちは背後を取られて短刀で喉を裂かれ、或いは胸を貫かれている。
「な?これは!」と言う指揮官の動揺が部下たちに広がる。
蝙蝠は蝙蝠で敵兵の槍を避けつつ黒い短刀を喉元に突き刺している。


瞬間!鋭い風が蝙蝠の脇を通り過ぎる感覚があった。殺気立った後続の敵兵たちの動きが止まる。その一瞬の硬直の後、スルルッと敵兵の剣や槍、そして身体が静かに「スライド」して行った。
先ほどから続く凄惨な場面に出くわしてばかりの侍女たちは青ざめ昏倒しそうな状態だった。


「お、おのれ! 聖帝の残存勢力か! まだ拳王様に弓引くとは! どう足掻いたところでもはや貴様らに先はないというのに!」
指揮官は狼狽を隠せず、ただ高い声を上げた。
するとその背後から「聖帝が滅びようと」と低く落ち着いた声がした。
「南斗が潰えたわけではない」
蝙蝠は全身黒尽くめだが、この男は全身朱色。髪まで赤い。
「この地を平定するは拳王にあらず!」

「そう、この乱世を鎮め永き平和をもたらすのは我らが南斗聖拳最後の将!」
と赤衣装の男の言葉を引き継いで蝙蝠の後方から青い戦闘服の男が現れた。
敵兵たちをスライスしたのはヒューイの風の拳。
「我が拳は風。風を友とし、その中に刃を走らせる」
ヒューッと風が彼の周りを巡った。

 

「あああ、、、南斗聖拳の残党がまだ!」
しかもかなりの腕だ。指揮官は失禁しそうな思いで自分に寄る赤色の男を見た。

直後、「そして」といつの間にか、どんな隙を突かれたのか指揮官は顔面を掴まれている。無理もない指揮官とはいえ常人。シュレンの速さに反応できるわけもないのだ。
「我が拳は炎!」
ブオオオ!! シュレンの手から火が上がる。
「うがあ!!」
指揮官が燃やされた顔面を抑え暴れ回り、のたうち回る。そして抑えた顔面は少しずつズレを生じさせて行った。

 

「見事、、、流石に恐ろしいまでのお力。南斗五車星シュレン様、ヒューイ様」
もちろん蝙蝠は五車星の拳が南斗聖拳には数えられないことを知っている。だが、この風と炎両名の拳が南斗聖拳の系譜であることは否定出来ない。
それほど鋭く、速い拳であった。

「蝙蝠、依頼はサウザー様のご家族二人ということだったが、その三人は予定にない。世話係か? だが構わん。我が将は寛大だ。将の庇護の元に迎えよう」
ヒューイが言った。
「は、よろしくお願い致します」と蝙蝠は片膝を付き慇懃に頭を下げる。
待ち伏せの敵兵は赤と青の戦士たちにより駆除が完了されていた。


ヒューイにしても、そしてシュレンにしても、何故サウザーの子を助けなければならないかという疑問はあった。
力という点では南斗聖拳の真価を証明はしたが、同時に歴史に残る悪名も深く刻んでいる。そんなサウザーの妻子でさえ、慈母の星は見捨てられない。同じ南斗であるがゆえか。

シュレンは改めて心内で決意する。
この乱世を治めるのは南北一体になった力が必要なのだ。
南斗六星が崩壊し乱世に散った今、南斗最後の将は北斗神拳伝承者と歩みを合わせ、乱世終結のために、最後の敵に立ち向かわねばならない。

覇者拳王に。