自身も歴戦の雄であるモウコは読む。
合掌拳によるガルダの押す力を横に逸らせば、ガルダは一瞬バランスを崩す。シュラインはそれを見逃すほど鈍くも、甘くもない。
なのに、シュラインは動かない。いや、動けない。
それほどまでにガルダが見せる気迫はシュラインを圧していた。対面していないにも拘らず、その氣圧は離れて見守るモウコを息苦しくさせた。
先ほどまで二人が見せていた、軽口を挟みながらの烈戦も比較にならないほどである。これがかの失われし南斗の拳士、ガルダの本領。
だが、、、気迫だけで勝てる世界ではない。いずれガルダの気迫にスキを見たシュラインが動くに、そうと決まっている。
シュラインは動けない状態ながらもガルダの氣を凌ぎ流し、その機を待った。氣が僅かにでもフッと弱まる瞬間を。
そして、ガルダの押し貫くような視線の中に、一瞬の迷いと言おうか、ある種の弱さが見えた。
「(途切れる!!)」
勝機来たれり!
シュラインは利き腕の右腕でガルダの合掌拳を強く押し、自身の左側へ流した!
タイミングはこれ以上ない絶妙!
それで大きくバランスを崩すことは流石にないガルダだったが、シュラインにガラ空きの体側を晒してしまった。
複数の秘孔点穴を以って必殺とする西斗月拳だが、あくまでそれは一つの戦法である。一撃で倒す能力に欠けるわけではない。
まして秘孔を極めずとも、氣の消耗の激しいガルダの若い肉体を一撃で砕く拳は、当然ながらに備わっている。
終わりだ!
油断ではなく、戦いの流れの中から導き出される自然な思考。ガルダにできた必殺の隙間にシュラインは拳を撃ち放、、、
「!!」
二つある。
シュラインを驚愕させたものが二つあった。
先ずは目に映ったそれだ。
ガルダの体側から背中にかけて、先ほど極めた筈の経絡秘孔の一つが、、、焼け焦げていた。
複数の経絡秘孔の連動で真の効果は発揮される。その内の一つを自ら焼き切ることで点穴術の完成を妨げたのだ。
つまり、多数の南斗神鳥の爪突に纏った炎は、肉眼と氣眼への同時目眩しだった。その間にガルダは自ら突かれた秘孔を滅殺していたのである。
もう一つ、目で捉えるよりも先に氣の感覚が捉えた。
氣と熱の発生を。
オレンジ色のメラメラともクネクネともした明らかに自然のものではない炎がシュラインを、撃った!
その不自然な炎がシュラインを刻み、そして焼いた。
ドザァ!
氣炎に圧されたシュラインは数メートル吹き飛び、白の街の石床に倒れた。
本来なら、氣炎を喰らった相手は吹き飛ばない。鋭いその衝撃が相手を通過するからだ。その場で燃えながら肉片に変わり、下に崩れて行く。
シュラインが吹き飛んだのは、氣により肉体強度を上げていたことと、そして、反応であった。
ほとんど無意識の反応がシュラインを即死から救った。
ただ、考えようによっては即死の方が苦しみを知らぬまま済むと考えるなら、幸福と言えたであろう。
「おっさん、これが南斗神鳥拳の極意、火翼だ。拳による斬り筋とは別に動かせる」
「ちっ、、隠してやがったか、、」
街の高い天井を見上げながら、シュラインはガルダに悪態をつく。残氣がガルダの残した燃える爪痕の進行を防いでいるが、それももう保たない。
「勝負、、あったかな?おっさん。いや、名前まだ、聞いてないよねぇ?」
「、、、あん?そうか、まだお前には名乗ってなかったか、、フッ、好きに呼べ。おっさんでいい」
メラメラと燃える氣炎が与える苦痛を抑えて、シュラインは言った。
「秘孔を、、まさか焼き切っていたとはな」
「さっき言ったように、俺の第二の師匠は元斗の拳士ガルゴだ。元斗皇拳の秘孔封じ、訊いてもないのに教えてくれたよ」
「ずりぃなぁ。それもう元斗だろ」
ガルダは、自身の亡星という南斗慈母星の補欠的役割と、そしてサウザーへの怨みから、南斗神鳥拳は南斗聖拳と別物と嘯いて来た。
だが既に南斗聖拳は、六聖拳さえもが崩壊し、将星も地に堕ちて久しい。
ずっと張り続けて来た意地など、もうどうでも良かった。元祖と本家を名乗って反目し合うような真似は、もうバカバカしいばかりであった。
ガルダがシュラインに寄る。
敗者を見下ろし勝者が言う。
「苦しいだろ。楽にしてやるよ。でも一つ言わせてくれ」
「馬鹿やろ、、あちいし痛えんだ。早くしろ、、、」
「西斗月拳は、戦場の混乱の中で敵を倒し、生き残るために、一撃必殺の間合いを避けた多撃必殺を主戦法にしたんだろ?」
「、、、」
「違うんだよ、南斗聖拳はね。さっきも少しいったが、、」
「だから、早く、しろよ、クソガキ」
ガルダは呆れて短い溜息を吐く。逆に見事だ。最期の最後まで自分のペースを貫くとは。
「南斗聖拳は、戦場に合わせたりなんかしない。南斗聖拳は戦場を支配する! 西斗さんが寝てる間に、南斗聖拳はそこまで来てる。しかもとっくの昔にな」
シュラインから多撃必殺と聞いた後、勝った時の決め台詞として言うつもりだった。
しかし、斬撃と炎の苦痛の中にある強敵を前にして言い捨てるには、あまりに後味が良くなかった。
「すまねえ、おっさん。あんたは強かったよ」
と、ガルダはトドメを刺すべく構えた。
「待て」
シュラインが倒れたまま右手を向けた。いよいよ肉が焼ける匂いが強い。
「南斗聖拳を侮っていた。西斗月拳は確かに、惰眠を貪っていたようだ。北斗憎しでいつの間にか進化をやめ、お前らとの差は開くばかり」
「おっさん、、」
「このまま、焼け死ぬとしよう。北斗神拳は変わらず気に入らねえが、南斗聖拳には敬意を表する。西斗の亡霊と怨念は俺が地獄へ持って行く」
「おっさ、、、、つっ、、ちぃ!」
バァ!!
ガルダの右腕が大きく振られ、その氣の風がシュラインを焼いていた炎を消し飛ばした。
「勝負は着いた。これ以上は虐殺だ。俺もあんたのことは嫌いじゃない。動けるなら行けよ。そのかわり、逃げ恥と敗北感を背負って行きな、ちゃんとね」
「お、おめえ、、」
戦いが終わり、身体中の痛みが増して来る。特に自ら秘孔を氣炎で焼き、滅殺したのが大きい。それでもガルダは気持ちを張り、痛みを無視した。
「いつでもいいぜ、おっさん! 南斗聖拳は、特に俺の南斗神鳥拳はまだまだ成長してる。再戦上等! 叩き潰してやるよ!」
、、、、決まらない、、今一決まらない。
しかし、、、、勝った。
ガルダは懐から誰かが作った出来のそこそこ良い煙草を咥えて、氣炎で火を点ける。
一気に肺まで煙を吸い込むと、、「えふっ」とむせながら高い天井の煌々と光を落とすダウンライトを見上げた。
参ったな。どうにも格好がつかねえ。