「、、、やはり、あの男の方が上か」
モウコは呟いた。
無数なるガルダの炎の拳も、シュラインにはほぼ完全に見切られていた。ガルダ渾身の奥義も、シュラインに軽い切り傷と火傷を与えた程度で終わった。
いかにガルダが拳を速く繰り出し、その数を水増ししても、所詮は二本の腕に過ぎない。
必殺の間合いのその瞬間、右手はシュラインに掴まれ、そしてガルダの真の狙いであった左の突きは狙いを大きく外していた。
ボウ!っと音を立てた南斗神鳥拳の火翼氣炎も、ただ何もない空間を焼いた後あっけなく消え去っていた。
何故、、、ガルダの左の突きは外れていたか、、、
背後に右手を隠したが、実のところ何の変哲もない、しかし最短最速で撃ち出された正直過ぎるシュラインの右の二本指の突きが、
ガルダの左肩と胸の間を、自身が被弾する直前に刺していたからである。
もちろん、西斗の拳が刺したということは、つまり経絡秘孔を、、多撃必殺最後の一撃を正確に突いているということを意味していた。
「これで狙いの秘孔の全てを突き、俺の負けは、、なくなった」
ニヤリ
シュラインは北斗南斗の拳士同様、徹底した現実主義者である。自身の拳に夢を見れば奢り、現実より低く見れば全ての力を発揮できない。
北斗南斗の英雄たちがひしめく乱世にあって、彼はどこにいたのか。
決して西斗の文献をただひたすらに読み漁っていたわけではない。そんなものは元から存在しない。初期の北斗の拳士によって全ての秘伝書は焚書されている。
細々と、それでもただ細々と、北斗神拳を恐れ、隠れ、生命の宿らない知識だけは継承されて来た。
そんな西斗月拳にとっては、北斗神拳や南斗聖拳ばかりか、それより劣る他の闇世界に属する流派でさえも十分すぎる脅威であった。
しかし、シュラインという武における天賦に恵まれた男が屈辱に塗れる西斗に現れた。
それだけではない。
彼は大きな幸運に恵まれることとなった。
西斗の拳を存分に発揮できる環境、つまり全世界規模の、しかも極上の乱世が訪れたからである。
さらに、まだそれだけではない。
彼が武を奮った地は、武のみを絶対とする小さき強国、即ち修羅の国だった。
その修羅の国の最強者である三人の将は、全て北斗の傍流、北斗琉拳の使い手であった。
西斗月拳から見れば仇敵どころではない。まさに怨敵である。
だが、、、
「拳」として具現化しても二千年にわたる西斗月拳の鈍りは深刻で、天才シュラインとて一代で力を復活させるには、あまりに困難が過ぎる道と言えた。
この状況で自らの流派西斗月拳の名を明かせば、羅将たち、すなわち北斗によって滅ぼされるのではないか?
しかし、シュラインはやはり強運の持ち主であった。
此度の強運、、それは修羅を喰らう「羅刹」の存在であった。
その男の力も羅将と同じく北斗の拳。同じく経絡秘孔の神術を扱う西斗月拳とは当然に酷似している。
つまり、北斗琉拳第四の男シャチの「鬼喰い」の幾分かは、実はシュラインの仕業であったのだ。
西斗の神術によって人間域を大きく脱したシュラインから見れば、歴戦の修羅でさえ、その多くは武術を僅かにかじった程度にしか見えない。
だが、中には人間の域を大きく超えた、つまりは氣を扱うに長けた武人も極少数とは言え、血腥い乱世の大地の上に、確かに存在していた。
強過ぎる相手は選ばず、一切の奢りも臆もなく、接戦の末に勝てる相手を選別し、「羅刹」の名の下に戦い、確実に葬り去った。
秘拳西斗月拳、天賦の才、そして手強い修羅たちとの実戦を重ね、シュラインは力を増した。
そうして分かったことがある。
羅将ハンの拳を一度だけ見たことがあった。
いや、文字通りの意味では、実際には見えていなかったのだが。
三人の羅将、、、、己の力が届くとは思えなかった。羅将たちは修羅の中でも飛び抜けている。どこまでも突き抜けていた。
西斗月拳の真の復活は次世代以降に譲らざるを得ないのか、、、、
そこに最大の転機が訪れる。
第一の羅将、魔神とも恐れられる修羅の国の最強者カイオウが創り上げた武の国は、たった一人の男によって大きく掻き乱され、そして滅んだ。
その神の如き拳を、シュラインは見てはいないが、魔神なるカイオウを倒すなど、最強の闘神の化身に違いない。
怨敵北斗神拳は恐るべき、まさに神の拳に成長していたのだ。
、、、、
三人の羅将が斃れ、ケンシロウは去り、曲がりなりにも敷かれていた秩序は崩壊した。
その様はまさに「乱」だった。
シュラインはその中で更に武を磨き、自身と西斗月拳の極限にまで上り詰めた。
漸くその域に来て、自身の前にドスンと天より落ちて来た高く堅固な壁は無言で告げた。シュラインに厳しい現実を悟らせた。
それでも、、北斗神拳伝承者に勝てない、と。
シュラインも準将崩れや郡将崩れになら勝利しているが、思い返しても羅将は全くの別物だった。
個々の才の差は確かにあろう。どんなことにおいてもそれはある。
しかし、、、修羅の国で三人の羅将をその他大勢と隔てるものは、確実に流派の力だった。
鬼を喰らう羅刹、三人の羅将、そして修羅の国をぶっ壊したケンシロウ。
共通するのは怨敵である北斗の死拳。
それでもシュラインは諦めなかった。
西斗月拳は戦場の拳なのだ。
向かい合って「はじめ!」の一言を待つものではない。
それ以前に、かの北斗神拳に対し、正々堂々と挑む必要などあろうか? 騙し討ちにて西斗を滅ぼしたのは北斗神拳ではないか!
「拳士」として勝つのが自分に求められていることではない。西斗の怨念を晴らすことにこそ彼の目的がある。それはまさに悲願だった。
渡に舟
そんな彼に接触を試みた者が南斗宗家であり、宗主バルバだった。
南斗聖拳も北斗神拳の亜流であり、根絶やしにすべき血脈を受け継ぐ者たち。
ところが面白いことに、その南斗聖拳の最強にして最後の伝承者となった男が、北斗神拳伝承者とやり合うという。
神はいる
決して甘くはない、人間たちにとって都合の良い神ではないが、月氏の神は自分を最大の好機に導いてくれた。
そうか! これら自分に起きた強運は、実は運などではなかったのだ。
誰よりも西斗月拳の復活を望み、そのために修羅の道を往き、血で染め上げた自分に、月氏の神が目を留めてくれたのだ!
バルバという男、そして他の怪しげな連中も一切信用ならないが、北斗抹殺という目的は一致している。
いいだろう。この好機に乗ってやろう。いや、これは神慮なのだ。
北斗神拳と南斗聖拳の対決が、西斗月拳を差し置いて勝手に宿命となどほざくなら、いずれにせよ勝者も無傷では済むまい。
傷付き弱った獲物が北斗神拳伝承者であれば尚良い。
西斗月拳から神技を盗み、そして寝込みを襲うようにして次々と高弟たちを殺めた北斗神拳に対する二千年越しの復讐。
神は我とともにある!
シュラインはガルダに突き刺ささった鋼鉄の指を抜き去り、油断なく、しかし余裕の体で距離を空けた。
西斗月拳の神術は、決して楽な相手ではなかった北斗の傍流このガルダの拳を超えたのだ。
西斗月拳はここに復活をなしたのだ。
いや、、、まだだ。
真の復活は、怨敵北斗神拳を滅した先にある。