無想転生、、、、
ケンシロウは無表情で、しかも半端な形で構えたままだった。
なのに、、、存在が感じ取れない。神人の戦いは肉眼より「氣眼」が重要だ。
それが逆転している。肉眼は確かにケンシロウを捉えているが、氣眼ではケンシロウが、、、いない?
だが一つ、、シンの戦士としての本能で、ようやく感じるものがあった。
死
死の暗黒が無限に広がっている。
しかしそれは、大鎌を持った死神のようなものではない。
寧ろ逆で、苦痛なく死を受け入れさせ昇天させるかのような、長い戦いを生きて来たシンには、それがある種の安らぎにも思われた。
危ない、、、
死を恐怖させるではなく、覚悟させる。しかも安堵さえをも伴って、、、
究極、、奥義、、、
シンの思いが、過日の一点に遡る。、、、師父が口にした言葉が今ここで頭をよぎる。
「は!」
過去に戻った自身の意識を戻す。過去を見たのは「究極奥義」の言葉故か?それともケンシロウという「死」を前にしての走馬灯が云々というやつか?
「そうは行くか!ケンシロウ!」
シンは強い意識をして、自身に絡みついた氷の棘を祓い退け、、一歩出た。
宇宙の究極に挑む、まるで人間という種全体を代表するかのような大いなる、革新的な一歩、、、
信じるしかなかった。
無をも突き砕く南斗の拳を! 無想を食い破る人間の強い意思を!
ビシュッ!
シンの神速の右突きはケンシロウの胸部を突き切った、、かに見えたその時、、、ケンシロウは左右に分裂し、更に瞬間で増殖しながらシンを取り囲んだ。
「う」
一瞬の気絶があった。自分の位置が変わっている。壁に打ち付けられている。直接か氣か、強い衝撃で弾き飛ばされていた。
「(これは、まずい)」
先の七星点心は、この周囲空間をケンシロウの気配で満たされ、その位置が掴めなかった。
ガルゴの「無心」は元斗の氣が足跡になり、完全には気配を見失わなかった。
過去リュウケンによって一度味わった経験とガルゴの無心を見た経験から、ケンシロウの七星点心は見切ることができた。
たが!これは別物だ!
似て非なるもの、、ではなく、まるで別物だ!
当てずっぽうの拳足では間違っても当たらないだろう。間違ってもだ。では受けに徹し、ケンシロウの攻め手を感じ取るか?
それが困難、いや不可能だからの究極奥義
だろう。
かつて、、、
ケンシロウの無想転生は北斗琉拳カイオウによって破られている。
それはケンシロウから微かに漏れる、暗殺拳でありながらも抑え切れない闘気を読まれた為である。
もっとも、北斗琉拳暗流天破であれば、その射程範囲にあるもの全てに有効であろう。あの無想転生が完全なものであっても、だ。
しかし、それはケンシロウ本人にとっても憶測でしか、今となっては語れない。
ここで確かなのは、今のケンシロウによる無想転生は、完全なもの、真の究極である、ということだ。
次は更にまずい、、、シンは死の安堵を恐れる心に蓋をして、もちろんそれは楽なことではなかったが、がっちりと蓋をして、フロア中央に出た。
「(歌うぞ!)」
増殖から単体に「戻った」ケンシロウがシンの前に立つ。
「北斗神拳究極奥義無想転生の前には」
なんて悲しい目をするんだ、ケンシロウ。だがその目は勝利を確信しているからだろう? そんな目をするな。
、、、もっと楽しませてやる!
「死、あるのみ!」
ケンシロウが突きの体勢に入るその時!
シンは一歩退がり間合いを空けた!
肉眼で見えるは実体か? 氣眼で見えぬが実体か? 或いは逆か、そもそもそんな次元ではないか?
だがだ、いかに北斗神拳とて、実体そのものを消し去ることはできまい。
かと言って、その突きを放つ姿に合わせて、こちらが突いても当たりはしまいよ。
ならば、、
目の前のケンシロウにではなく、ビュシッ! シンは自分を中心とした円を描いた。南斗聖拳で空気に指五本の裂気の線を引いたのだ。
混じり氣のない純水のような美しい円弧が拡がり室内の壁面を刻む。いや、まさに斬った。
そう、これは当てずっぽうだった。
しかし、全方位に対する渾身でありながら澄み渡るような、「斬」だった。
これで斬れねば、打つ手なし。
目の前にいたはずのケンシロウは霞の如くに消えている。少なくとも視界にはいない。
背後に「観える」気配も、やはりない。そんなものが感じられるなら、だが。
そして、、、手応えもない。
、
、
、
もらった!
「ならば宙のみ!!」
ドン!
捉えた!捕らえた!
その優美な空舞は南斗のそれか!?
宙では無想転生もできまいて!
「うおあぁ!!」
シンが力を込める。迎撃!!の、
「南斗千首、、、!!!??」
またしても幻覚か、それとも受け入れ難い現実か、、、、、
宙にあっても分身増殖を為したケンシロウがシンを襲う。的を絞れず一瞬躊躇したそのスキにケンシロウの拳弾が叩き込まれた。
千首龍で身を守るも、攻めからの急な路線変更故に本来の力が出せずにシンは被弾した。
秘孔点穴はさせまいと頭部だけは守り切ったが、胴体への芯に響く北斗の拳は闘気で強化されているはずのシンの身体を打ちのめす。
「オァブ!」
自己嫌悪に陥りそうな無様な声を上げ、シンは床に腹這いに叩きつけられた。
音もなく、いやそれよりも本当に着地したのかさえわからないケンシロウが、倒れたシンの目の前にいる。
「北斗無想仙気雷弾」
「、、ハァ、、ハァ、、粋だな、ケンシロウ、、ハァ、、ハァ、ハ、ハハハ、フフフフ」
究極奥義無想転生に別の秘技を織り込むとは、、なんと粋な男か、ケンシロウ。
「まぁ、待てよケンシロウ」
小笑いのまま、シンは両掌を、経年の埃と苛烈な争いによって生じた破片砕片が散らばる床に着け、身体を起こす。銀の髪が頬に張り付く。
「まだ立つ、、からよぉ」
敢えて秘孔を外したのか?
秘孔の位置が知れなかったからか?
無想の拳士故に必殺の氣が抑えられたのか?
「さすがの北斗神拳究極奥義、、、だがまだ終わらない。先に逝ったあいつらの誰一人として、もう俺の勝利を信じてないだろうよ」
「、、、」
「だが、一人いる。こんなボロボロの俺の勝利を信じる男が、、一人だけいる」と人差し指を立てる。
本当にボロボロだった。肋が折れている。胸骨にもヒビが入っている。秘孔は撃たれなかったが、強力な北斗の拳はシンの身体を破壊した。
だが、まだその目は生きている。
「一人、、フフ、、たった一人だけいるんだよ。俺はそいつを裏切れない」
打つ手なしでも構えを作る、、、そのたった一人のために。
「その一人、、フフ、、この俺自身のために俺は戦う! この俺一人がまだ俺を信じている!」
(シンの左目アップ)