妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

169.

シンとガルゴとの一戦を前に、中央帝都の上空は、、「天が割れていた」。それほどの対決がそこにあった。

かのガルゴが言うには、天が割れているのは二つの天帝がそれぞれについているから、らしい。

そんな天帝の権威を互いに背負うような大一番の陰で、誰も見ることのないガルゴとの一戦があった。


「どんな戦いだった? ケンシロウとファルコは」


ギルの語彙は乏しい。だが、それを補う擬音とゼスチャーと率直な感想、そして伝えようとする思いが、こちらの理解を助けてくれる。


「なるほど」


決着つかずだったことは知っているが、話を聞いて得心が行った。


ケンシロウは加減したな」

「え?あれで? 俺、、私からしたらそのようには」

「正確には手加減ではないかも知れんが少なくとも、、相手に、ファルコに合わせている。何かを探っていなかったか、、、」

最後の一言は自問だった。


実際、ケンシロウはファルコという男の心情と理由を探り探りではあった。それが結果として元斗皇拳というものを存分に知るにも至った。


「元斗は別として、北斗神拳の本質は何だ?」

「は?」

「確かに北斗神拳は戦場の拳だ。しかしだ。それは一側面に過ぎない。その本質は、、」

暗殺拳

ハッとしたようにギルは答えた。

「そうだ。何かしらの訳ありで、ケンシロウはファルコに合わせた。いいや、、ケンシロウ北斗神拳というものはそうなのだ」

「、、、」

「相手に合わせて、、、違う、合わせるどころか、その相手になり代わるほどだ。戦うことで敵を見切り、全てを知る」


北斗を修め、南斗を知り、元斗を知り、、今のケンシロウは極地にいるであろう。誰も他にいない最強頂点という名の尖塔の上に、一人いる。


「奴は完成されている。百点満点というやつだ」

自身の口から発せられた陳腐な言葉を嗤う。

「一方で、まだ俺には成長の余地がある。そう思っている。満点ではないが、まだ点数は上がると、そう思っている」

「じゃあ何で今なんです? その、満点になってから挑むべきではないですかい?」

ギルはシンの真意が理解できず、黒い編笠を取り頭を掻いた。黒く長い髪はひどく傷んでおり、髭面も加味されてひどくうざったい。

ギルの発言からわかる。ギルはシンの身を、もっと正確に言えば南斗聖拳そのものを案じているのだ。

負けると、そう踏んでいるのだ。

「今しかないからだ。時を経れば、奴の拳も高まろう。だが、磨かれていない部分は俺の方が多いだろう」

「、、、」

「まだ俺の拳には雑味が残る。このままたとえ一人でも、鍛錬次第で俺の拳は冴えて行く」

「でも「今」と、、、、なるほど、タイミングですかい」

その通りだが、「タイミング」というのは言葉が足りない上に軽い。そうは思ったが、では何と表せばいいのか。

「俺はもう、、、もうすぐ俺は、戦えなくなる」

「え?なんかお身体でも?」

真意を少しも汲み取ろうとしないギルが、むしろありがたくもあった。感傷的になるときではないのだから。


戦えなくなる、、、肉体には無数の疵を受けた。特にケンシロウによって刻まれた十字の疵は、本来紛うことない致命傷だった。

そんな死の縁からでも、ユリアや蝙蝠の助力で生還している。肉体的には問題はない。

、、心だった。

人間としての成長が、彼を戦いから遠ざけようとしている。

南斗に対しての北斗、かつて愛した女が愛した男。かつて叩きのめした男。そしてシン自身を一度は殺した男。それがケンシロウ。かつての友。

滅びに瀕する南斗聖拳再興のためという思いも今は確かにある。

だが彼は自身が拳士として高い舞台に上がるごとに、死闘の虚しさを知ってしまって来ている。

全力で己が全てを出し尽くし、究極の域で相互理解を得ても、その関係は直後に終わる。強敵(とも)を得て、そしてすぐに強敵を失う。

それも宿命だろう。南斗聖拳という暗殺拳の。

しかし、、、

技の錬成に、生き死にが必要なのか?

暗殺拳を正面から否定するそんな思いが生まれている。そして!その否定を否定できなくなりつつあった。


「今ならやれる。まだ今なら、だ」

「腑抜けましたね。それ年寄りの考えっすわ」

「わ」の口の形のまま、腐った暴徒がするような重い目で、ギルはシンに真っ向から言い捨てた。

「こんなんなら南斗聖拳はなくなった方がいい。ちっ、なんでい。こりゃあ終わりだわ、ホントによ」

「わざとか。敢えて挑発して見せてるのか?」

「はん?」とギルは睨んだ。その通りだ。バレバレの小芝居だった。だが、、、ゾッとした。

シンが両腕をゆっくり上げる。

ギル視点で、シンの背後は景色が白く消え去り、銀髪を靡かせた神の如き男の目が、これも銀色に光っている。

とんでもなかった。腑抜け? どこが?

「(これは殺されるな)」とギルは覚悟した。不思議なことに恐怖ではなく、そう恐怖は一瞬で消え去り、、、、そこには、、何故か「受諾」があった。