「この辺にいると聞いていたが、、、」
などと男は声には出さず、廃墟と化した街を油断ない目で一人歩き回っている。
曇天だが真っ昼間、男は全身黒づくめで防水加工を施した、やはり真っ黒の傘を被っている。
ここまで黒一色に統一しているのは、あの蝙蝠くらいだろう。逆に目立つ。
もちろん目立って不都合なことはない。そのくらいの力は有してはいる。
黒づくめの下には、痩せているが機能的に動く、戦闘に特化した肉体がある。
男は中規模な義賊団の頭領を務めている。
現在、絶対的な支配はこの乱世にない。拳王も聖帝は去り、そしてかの天帝にも大きな動きはない。
帝都だ郡都だとやっていた街と人々はジャコウの圧政から解放され、それなりに質の高い人間の営みを取り戻してはいるが、
食糧不足や疫病、人間同士の諍いなどは、これ常ですよとばかりに後を絶たない。
そんな中だが天帝に正規に仕えていた兵士たちを中心に、やはりそれなりに平和と呼べるものを形成してはいる。
ここは違う。
街中だけに、そうそう人の気配はないが、ちょっと郊外に出れば、この時代のルールであるルール無用が適用されている。
振り返れば、暴君たちの圧政にも一定の秩序はあった。どっちがいいのか悪いのか、、、などとその男は考えない。
取り付けが外れて逆さにぶら下がった看板のある角を曲がった時だ。いきなり背後から話しかけられた。
毛の生えていそうな彼の心臓が驚きで、しかしほんの少しだけ高鳴った。想定内ではある。それほどの男を探していたのだから。
「俺を探しているのか?」
参ったなぁ、、、こっちは気配を消していなかったが、辺りには気を配っていた。こんな簡単に背後をとられるかね、、、
「探しましたよ、、シン様」
しかしまあ、、昔遠くからお見掛けしたが、これは、、、格が違うとはこのことか。
以前は剥き出しの危ない刃だったが、、今は、、、より鋭くなっているだろうに、、納刀されている?とでも言おうか、、、
その皮革でできた衣服の下に隠されているのは、研ぎに研ぎ澄まされた無数の刃に違いない。
得体が知れない。
「お前は?」
やはり、俺程度の奴は知らないか、、というより、随分と痩せたからなぁ俺も。
「失礼しました、名乗りもせず。お、、私はギル。ハーン兄弟の片割れです」
「ハーン兄弟、、」
シンは知っている。南斗聖拳の一派である双鷹拳を扱う者として、ではなく、天帝に楯突き暴れまくっていた反乱分子としてその名は響いていたからだ。
あの元斗皇拳ファルコから北斗の軍を救った英雄として、今では尾鰭を付けて語り継がれる存在だ。
際して、兄は壮絶な戦死を遂げたが、弟の方は行方知らず。北斗元斗の対決の折に死んだとも伝え聞く。
それにしても、、、とシンのイメージとは大きくかけ離れている。
ショーレスラーのような筋肉の鎧を纏った身体をしているとのことだったが、ここにいるのは無駄のない身体の、いかにも南斗の拳士然としていた。
南斗双鷹拳は二人で戦う流派だ。特徴的なのは二人連なっての空中からの攻め。宙での前方攻め手と後方の操り手がいる。
高い跳躍は人間になら効果的だが、「人間とは呼べないような人間」には浮いて一時的に動けない的と同じである。
後方の操作係が攻め手の片手や片脚を掴み、空中にて微妙に動きを調整し、その拳のスジを変える。
なかなか画期的ではあった。人域を超えた跳躍の高さは南斗聖拳の売りのひとつだ。よって宙での体の捌き方は南斗にとっては命題でもある。
シンが後に知ることになったサウザーの空舞を究みとはしても、双鷹拳の着眼も決して悪くはない。
だが、、、二人、、なのだ。
いかに「聖拳」を授かっても二人で戦う双鷹拳の格は、実際のその高い戦闘力よりも低く見積もられる。
ギルは一人となったが、彼なりに双鷹拳に細かく工夫の手を加えている。流派の教えは守った。後に破った。破りまくりの型破りだった。
そして彼は双鷹拳から離れ、新たな双鷹拳を編み出した。いや、まだその最中だ。
無駄を削ぎ落とした身体がそれを語る。
「何故、俺を探していた?」
言葉に棘はないが、シンの隠された刃を知るだけに、感じ取れてしまうだけに、ギルは一瞬怖気付いた。
「ケンシロウさんとやるとか。それやめられないですかね?」
ぶっきら棒だ。だが、変に畏まっていないのがシンには良かった。同じ南斗でも本来の格は遥かに違う。六聖拳は雲の上の存在だ。
「何故やめる?それを言いに俺を探したと?」
「じゃあ率直に訊きます。勝てるんですか?」
同じ黒づくめのあの蝙蝠にも訊かれた。その時は何となく有耶無耶にしたが、実のところシンには明確な答がある。
一瞬、シンの目が遠くを見る様子を帯びた。
「今の俺がサウザーやラオウ、そしてファルコに勝てるか、、、となると、、、それはわからない」
「、、、」
ファルコと互角とされる元斗の陰の拳士ガルゴに、シンは敗れている。その後に南斗宗家にて自身の拳を洗い直したが、
ガルゴ以来、同レベル以上の強敵とは一度も戦っていない。
南斗三面拳の一人、狂気に身を委ねた飛燕との一戦は非情なものだったが、思い返してもガルゴ戦には及ばない。
三面拳、、と感傷的になる前に気持ちを切り替えた。とてもあのケンシロウ戦を間近に控えたメンタルとは言い難い。
ちょうどそんな揺らめく心をギルが断ち切ってくれた。時にはこんな無神経な男もいい。
「私はね、ケンシロウとファルコの戦いを見てるんです」