妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

86.残兵

ケン、、、

ケンが負った傷は決して軽くはない筈だ。なのにこの数日だけで傷が塞がっている。
今更だが一体どんな人間なんだ。まさに超人だ。
それが北斗神拳伝承者なんだな。

「バット」
「ケン」
「待たせた。行こう」
と、ケンシロウはいつもの袖なしライダースジャケットを羽織った。
ケンシロウが暴れる度にビリビリに破れてしまうが、たまに、、、多分ある程度の定期性で謎の男が同様のジャケットを調達して来る。その際には数日分の食糧もセットだった。

一度だけ訊いたことがある。
「なあ、ケン。いつも服を持ってくるあいつは何モンなんだよ」
ライダースジャケットに取り付けられた肩当ての具合を確かめながらケンシロウは答えた。
「オウガだ。北斗の世話をすることを生業としている」
「ふ〜ん、そんなのがいるんだ」
ケンシロウの様子からしても何となくそれ以上詮索するには気が引けた。それよりも当時は労せず食にありつけるのだから、とにかくありがたかった。
懐かしんでる時じゃない。


巨馬黒王に跨ったケンシロウを先頭にして行進する北斗の軍。
その数はエリアを攻め落とすごとに規模を増し、今や千を超える大群による大軍である。
ただでさえそれほどの兵力であるに拘らず先頭のケンシロウは恐らく軍全体を凌ぐ力を持っている。

「バットさん! 前方に敵! しかし少数!」
偵察がバットに伝えて来た。バットは双眼鏡を借り砂煙の向こうの敵兵に意識を向けた。
少数とは言え50名はいる。皆、紫の軍衣の兵であった。
「ケン」
「うむ」
ケンシロウは裸眼だが、偵察より早く敵兵の存在に気が付いていたようである。
しかし、50名程度ではこちらの大軍を相手にするなどケンシロウ抜きでも考えにくい。
「まさか!? 罠!」
「いや」
ケンシロウが否定する。
「バット、お前たちはここで待っててくれ」
「だがケン!」
「大丈夫だ」
ケンシロウが大丈夫だと言う。その安心感と信頼は誰よりもバットが知っている。
「わかった」
バットは右手を高く挙げて全軍の行進を止めた。

「何かあったの?」
とバットに駆け寄って来たのはリンである。
北斗の「軍」とは言っても兵士だけではない。崩壊させたエリアの流民も多数混ざっている。リンはその中の老齢女性や子供たちの相手をしていたのだ。
「前方に敵がいる。しかし少数だ。ケン一人で相手にするつもりだ」
「そう、、、ケン」
ケンシロウの神人のような強さを知っていてもその身を案じるリンの綺麗な横顔を、バットは優しく、しかし内面に切なさを抱きながら見つめた。


紫の軍。
ソリアの兵士たちである。
シンが倒したボルツの兵士には行き場がなかったが、ソリアの兵士はソリアに万が一があった時はファルコやショウキが自軍に編入する手筈になっている。
だがこの兵士たちは敢えてそれを良しとせず、自分たちの将を倒したケンシロウにせめて一矢でも報いようとしている。

「来るぞ、、、ソリア将軍を倒した男を我らに倒せる筈もない。だが! せめてひと傷でも傷を負わせるんだ! せめてひと傷でも!」
そのひと傷が、後に戦うであろうファルコやショウキに僅かでも利する可能性はある。
ガシャと武具を構える音にも硬さばかりが耳に障る。覚悟はあってもまだ恐怖はある。だが死兵と化した者たちは、ほんの一瞬にして最強の戦人となり得る怖さを持つ。

ザスッ、、ケンシロウの意を汲んだとばかりに黒王が足を止めた。
ケンシロウは高い鞍から降りポンと黒王の腹を叩く。黒王は軽く嘶きその場で待機した。

ザッ、ザッ、ザッ、、、
ケンシロウが歩みを進める。
そして距離およそ20mのところでその歩みを止め、砂漠とも酷寒の地とも取れるような厳しく乾いた眼光を放ちながら敵兵を見据えた。
対する敵兵たちもケンシロウの不可思議な圧力に動けずにいるが武器を握る力は次第に増して行く。

ケンシロウ! ソリア様の仇!討たせてもらう!」
高くよく通る声だった。

ケンシロウの後方に控える大群も水を打った様に静まり返っている。ケンシロウの強さを知っていてもバットとリンの不安がなくなることはない。
だがケンシロウの身を案じるよりも敵兵が気に懸かる。自分たちの将軍に殉じようとする意気込みに熱く打たれてしまっているからだ。
立場が異なるだけで敵同士として命のやり取りをすることになったが、これもまた戦場の慣いである。

バキッ、ボキッ、バキッ、、、
ケンシロウが拳を鳴らした。
「来い」