「北斗神拳奥義 七星点心」
静かだが重厚な声が風雨の中でもしっかりと聞き取れた。
七星テンシン、、、奥義。北斗神拳が奥義を見せるということは相手を確実に葬るということの意思表示。南斗聖拳にしても同様だからだ。
焦りはある、、、まだ実戦におけるリュウケンの力を見てはいないというのに、追い詰められたような感覚が襲い掛かる。
それを打ち消すようにシンは出る!
北斗神拳伝承者と言えど、老いた男の拳がこの俺に通ずるわけはない!
「!!」
驚愕だった。異様さ、奇妙さが極まっていた。撃って出ようにも、、、その的が絞れない。リュウケンの位置が掴めない!
朧げなその姿を目が捉えたと思うと、またすぐに移動し、、、の繰り返しであった。
「(幻術!?)」
リュウケンに何かしらの、それこそ催眠術のような何かを仕掛けられたのか?
「う、うおお!!」
シンは闇雲に南斗の突きを連射した。しかし、突き斬るのは闇のみ。闇を切り裂いても光は射さない。
「(氣だ。氣眼で捉えろ!)」
決して得意ではない氣による察知に移行した。肉眼では追えないようだが、氣なら「視える」はず、と。
しかしその直後!
「あ!が!!」
背後から強烈な一撃が浴びせられた。骨が軋み、接合部がずれると思うほどの衝撃であった。それでいて前に吹き飛ぶような無駄に余る力は込められていない。
シンがよろよろと前に歩を進めたその先で、一瞬リュウケンの姿が浮かぶと、またもや二度と経験したくはないような衝撃が襲う。
幾度かそれが繰り返され、なす術なくシンの両膝は床に落ちた。その間もリュウケンの気配はあちらにこちらにと掴みようがない。
「人間には」
リュウケンの声が、まるでシンを囲むように低く重く響く。ダメージを限界まで溜め込んだ若い身体に響く。
「その動作において七つの死角がある。それ即ち北斗七星の様」
まるでなす術がなかった。リュウケンの神域に至るという拳技に、南斗の荒鷲は翼をもがれ、嘴も爪をも封じられた。
リュウケンの気配は、この広間全体にむしろ満ちているようで、攻めようがない。それ以前に既に受けた傷で身体が動かない。
秘孔点穴ではない拳による衝撃。外部からの破壊ではない北斗の拳が、これほどまでにシンは追い込んでいた。
「来る、、、か」
いよいよトドメに来る頃合いだ。一か八かで、、、
しかし!
フワ〜!!
「!!」
四方、八方、、いや平面全方向からリュウケンが突きを撃ち放つ!
「ぐおお!!」
倒れていた。遥か遠くから響く雷で気が付いた。どのくらい意識を失っていたのか、、、
命は取られなかった。生殺与奪の権は完全にリュウケンの手にあった。自分は容赦された。南斗聖拳組織との深い関係性で助けられたのだ。
屈辱だった。それよりも恐ろしかった。
最後の一撃を受け、倒れ行く際にリュウケンの声を聴いた。それが思い出された。
「若き南斗の拳士よ」
次いで師父の名を口にした。「、、、に免じてその命を奪わない。だが、そなたが虫のように踏みにじり殺めた者たちの命を思え」
外はもう明るい。雨も雷も山の向こうへと去っていた。
あれだけの攻めを受けながら、骨には何の異常もない。そこまで気遣いされたことが屈辱で、そしてやはりその実力差が恐ろしい。
来た道を戻るシンだが、自身が殺害した護衛たちの遺体はどこにもない。それがあったという形跡も消え失せている。雨とともに流されたかのように。
「くっ、、どこまでも」
その手際の良さが気に障る。
怒りと屈辱が込み上げる。なのに、「いずれ殺す!」という言葉が出ない。恐れが植え付けられているかのようだった。
だが、、シンは笑った。狂気の笑みを浮かべていた。
「フ、フフフフ、、、北斗の奥義を見せながら俺を生かしておいたこと、、、必ず、、必ず、、」
晴れ間が見え隠れする天を見上げた。背には麗しいほどに美しい朝焼けがあった。
「必ず後悔させてやろう!!」
一人言い放った後、フラッ、、、とシンは再び意識を失いその場に倒れた。