その夜、リュウケンは一人暗い広間の中央に座していた。
寺院を思わせる外観のその屋敷は、造りこそ古風だが、設備は現代的で快適に過ごすことができる。
だが、リュウケンはそのような快適さを必要とはしていない。そもそも北斗神拳の調気法を以ってすれば、熱い寒いの類など苦にもならない。
灯も点けず、だだっ広い闇夜の真ん中にあって、リュウケンは瞑想をしている、、わけではなかった。思案に耽っている。
次なる伝承者は、実のところ既に、いや言いようによってははじめからケンシロウと決まっている。血筋と適正から言ってこれが一番の選択なのだ。
ラオウは、ない。技量は申し分ないどころかそれ以上。あの絶望的な崖の下から自分のみならず弟トキを背負って登って来たあの少年は、
過去千八百年と伝えられる北斗神拳の歴史あっても、恐らく並ぶ者がいないであろう剛の男となっている。
しかし、ラオウの拳は北斗神拳ではない。もし仮に北斗神拳が一子相伝でないとしたら、あれはあれで一つの派となり、本家北斗神拳を脅かすほどのものとなろう。
結果、世界は混迷に陥る。そうでなくとも、昨今の世の情勢には不穏な悪しき流れがあり、「最悪の場合」が現実化する恐れが、、高い。
トキは、、、、
トキに対するリュウケンの思いは正直なところ残っている。
その技にあっては、リュウケンから見ても欠けたるところがない。人格も伝承者になるに相応しく、情深いながらも、それは決して甘さではない。
だがトキは病に蝕まれている。(トキはシェルター事件以前から病気であった説による)
非情な話だが、トキでは次代へ北斗神拳を伝える時間がないかも知れないのだ。
では、ケンシロウは?
拳の才はラオウにもトキにも劣らず、暗殺拳としての適正ではトキ以上のものがある。
だがそれでいて、、甘い。その甘さを断ち切るべく、ジャギには辛い役目を頼まねばならない。北斗神拳の道に甘さなど許されぬ。
、、、というように、リュウケンでさえ何度も同じことを考え繰り返すほどに、次代の伝承者を選ぶことは困難且つ重圧でもあった。
いや、次代伝承者はケンシロウなのだ。ただ、それに伴う様々な良くはない要素が気にかかる。
雨が降り始めていた。
春雷。闇を走る閃光と轟音。雨脚は強まるばかり。
強い雨に濡れることを気にするどころか、これから浴びるであろう返り血を洗うにちょうど良い、と考える若い男が屋敷へ続く階段を上り始めていた。
岩陰に先ずは一人の護衛を見つけた。シンは気取られることもなく、背後から鋭い刃物で心臓を貫いた。それ即ち南斗の拳である。
オウガの護衛は自身に何が起きたかも知る前に絶命し、バチャっと音を立て、膝を着いた後、うつ伏せに倒れた。
その音も、強い雨音と雷鳴に掻き消されて、シンの襲来が他の護衛に悟られることはない。
何の痛痒も感じていない。蚊を潰すことと何ら違いはない。ただの民間人ならまだしも、オウガは同じ世界の人間だった。それだけのことだった。
護衛はちゃんとここにいるぞ、と敢えて知らせているような灯りを辿ってシンは山を上る。
雨除けのついた壁或いは木に括り付けられた電灯若しくは古風にも松明の明かりは、飢えた狂人と化したシンを呼び寄せる誘蛾灯。
また一人、シンの凶刃にかかって護衛が命を落とした。
もうすぐだ。すくだぞリュウケン!
だが、リュウケンの力は若きシンの想像を遥かに超え、いや、それをも更に超えた高きところにあった。