以前会った時は、いや、それ自体さほど過去の話ではない。にも関わらず、受ける印象がまた異なっている。
鋼鉄のような男、、、それがシンが観るケンシロウへの印象だった。この短期間で何かが変わったのか、、、?
違う
そうではなく、実態の不明さこそが現在のケンシロウであり北斗神拳伝承者であろう。
以前に表現したことがある、何ものでもなく、しかしあらゆるものにもなれる器。
一方でシンの器は蝙蝠曰く刀の鞘だという。その表現は気に入らなくはない。
それにしてもだ、この目の前の男の存在感というべきか、これまで見たもの感じたもの全てと異なっている。
異なるというより、次元が別だ。その別さが更に不気味だった。単にレベルが高いというのではなく、そもそもが異質であるという印象を受ける。
相変わらずの肩当て付き黒革ジャケットにタイト気味な、これもやはり革のパンツ。
ロングブーツに裾を入れ、それ一式の上からマントというかポンチョというか、濃い茶色の荒布を纏っている。
バッグを持って旅をしたシンと違い、全くの手ぶらでケンシロウは現れた。
旧インペリアルタワーの、折れ曲がり天井のない展望階に、シンは僅か二日前に着いていた。
当たり前にエレベーターも使えない、しかもところどころ崩れ落ちた非常階段では、真っ当な人間が利用するすることはできない。
辺りも元は乱雑さが押し込まれた旧市街とあっては、食糧調達の困難さもあり人間の気配は微塵も感じられない。
瓦礫と鉄屑の荒野に聳える巨大な墓地。慰霊に訪れるような余裕ある人間は、この時代そうはいない。
途切れ途切れの階段を注意深く確かめ、しかし容易に跳び上がり、幾度かこれを繰り返した後にシンはこの展望階に到着している。
旧世界の名残が散乱するフロアを、戦いに相応しい舞台へと作り変えるべく、彼は掃除を開始した。もちろん、掃いたり拭いたりではない。
邪魔になる物を片っ端から放り捨てた。こんな作業に「力」は使いたくはなかったが、人の力では無理な物も多い。
「力」を使い、地面から程遠い暇そうな空中へとそれらを投げ飛ばす。次から次へと無感傷に旧世界の遺物を捨て去った。
そこは100mは優に超えた高さだ。落下後の破壊音も「人間状態」ではほとんど聴こえなかった。
一仕事を終え、彼は簡易な舞台の縁に立ち放尿した。どこまでも落ちて行く尿は落ちるほどに散り散りになり、すぐに見えなくなった。
食糧も水も、あと数日も保たないほど。いずれはまたあの便利だが、こういう時には煩わしいシュメがシンを探しにやって来る。物資を届けるために。
シンはフロアをゆっくりと歩き始めた。目を瞑っていようと、真の闇の中であろうと自由に動けるように状況を脳内に叩き込む。
いくつかの障害物を敢えて残し、これが戦いの何らかのスパイスになり得ることを考えてもいた。
フロアの一部は分厚いガラスでできており、そのまま遥か下方を見下ろすこともできる。
ここから落下した場合、、、、もちろん命は助からない。だが、その状況によっては鉄骨部や心柱に「手を掛ける」ことはできる。
もちろんそれは「彼ら」なら、の話である。そんなことを、シンは想定している。
この度の南斗聖拳と北斗神拳の対決は「暗殺拳」の戦いだ。この舞台が狭くなるほどのド派手なものにはならないだろうが、、、、
そして
待ち合わせの約束は一切していないというのに、不思議な巡り合わせか宿命とやらか、こうしてケンシロウが目の前に立っている。
驚きも挨拶もなく、当たり前のように現れた。二日待った形になったシンだが、待たされたという感覚もない。
今この時が、ちょうど「その時」であることをどこかで知っていた。敢えて先に着いていただけに過ぎない。
静かな、、そして大きい湖、、だろうか。或いは、夜の堤防から下の海面を見ているような、、、静かだが、とにかく底が見えない。深くて暗い。
この何ものにも似ていない彼だけの異質さ。かつて出会った幾人かの強者と比較しても、カテゴリーが違う。
「ふぅ」
シンは自嘲と寛ぎと呆れを混ぜ込んだような息を吐いた。
異質で当然だ。ケンシロウはこの世界でただ一人の最強者、北斗神拳正統伝承者だ。
たった一人の孤独な舞台に、俺は上がるぞ、ケンシロウ。寂しかったか?一人は。
気持ちが上がって来る。それでいて冷静さも残る。調子はいい。好調だ。最高だ。
二日待った、というよりも先に来ていたシンだが、深い意味を込めて彼は言った。
「待たせたな、、ケンシロウ」