妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

171.

「はぁ、はぁ、はぁ」

荒い息遣いは自分のものだった。負傷も疲労も、間違いなく極限だ。

しかし、この息遣いはその極限にぶち込まれた状態によるものだけでなく、、、、目を疑う光景を前にしている自分を落ち着かせるための呼吸、その意味合いもある。

あの北斗神拳伝承者が、昔の甘いケンシロウなんかではない最強の北斗神拳正統伝承者が、

シンを前に膝を着き、自身に刻まれた南斗の拳による深い傷を押さえている。

これ以上、血が、、いや、命が漏れ出ないようにと。

 

 

 

「これが今回の分です」

その今回も、以前には会ったことがない見知らぬ若い男だった。

割と大きめのバッグの中身は食糧と替えの衣類。ペットボトルをいじった簡易な浄水器もあった。

衣服はと言えば、シンを崇めたいのか、今回はやや地味ながら、いつもロックスターが着るようなのを見つけて来る。色はくすんだ赤だった。

シンとしては、これを何となく着心地が良くないと、そんな気がしていた。

くすんでいても赤。南斗星君が纏うのも赤。あのバルバがシンに贈った拳法着も、結局袖を通すことはなかったが、南斗星君を意識した赤だった。

若いシュメは終始シンに対して畏まっていて、もちろんその辺は他のシュメと何ら変わりはないのだが、

心底畏敬の念に満たされているようで、キング時代に雑用のためにそばで仕えさせていた若い男たちを思い出させる。

キングの身の回りの世話は側女たちが中心だったが、戦士や「羊飼い」にもなれないひ弱な男たちも数人はいた。

そのシュメが去った後、シンは早速新しい服に着替え始めた。気持ちも新たになり、己の過去を吐き捨てるように汚れた衣服を放り投げた。

次いで赤い皮革性のジャケットを羽織ろうとした時、そのおかしな意匠に気付く。どういうわけか左半分だけロングコートなのだ。意味がわからない。

さっきの若い男がふざけて選んだとは思えない。慌てていたのか、シンにそんな大胆なものを着てもらいたかったのか、、

そもそも見つけて来たのか、それとも作らせたのか。「フッ」と笑うと長い裾を指先で切り取り、右半分側に合わせる。

そして、この時代の「常識」からすれば、幾分か小さめの肩当てを両側に取り付けた。思ったよりも悪くない。着心地は悪くなかった。

「これが、、」と声に出す。生き延びられなかった場合の最後の支給品になろう。

本来は実用的な貢物と言うべきものだが、現時点では彼らシュメへの報酬も何もない。だからこれは善意の支給品なのだと、そう考えている。

それでも尚、忠実に仕えんとする、シュメであることしか生き方を知らない彼らに対しての報酬は、ただ一つ南斗聖拳の勝利しかないのだ。

ギルは、南斗聖拳のことは自分たちに任せてくれと嘯いたが、衰退という沈み行く船に身を任せた面々の他、愚直で忠順なシュメに対しても、責任に似た不思議な感情があった。


瓦礫の折り重なり積み重なる灰色のディストピアに、赤で身を包んだ銀髪の男がいる。その存在感は滑稽なほどに異質だった。

しかし、それでいい。彼はそれほど異質な存在なのだから。

本能が語る。宿命とやらが呼びかけているのか、「その時」は目前に迫っている。もしかしたら、そこの角を曲がった先に「その時」はいるのではないか?

それはやめてくれ。「場所」は決まっている。決めている、とシンは独りごちる。

そして実際に歩みを進め、角を曲がった先にあったのは、「その時」ではなく、巨大な像だった。

「!」

千手観音、、だった。右側頭部が戦禍の爆炎により溶けている、見覚えのある千手観音像だった。

「ここは、、、」

全くの偶然だった。いやそれとも宿命の導きか?

かつての貴様の勢いを取り戻せ!なのか、或いは己の愚行を振り返れ!なのか、、、

わからぬことならどうでもいい。思いを何かに囚われてはならない。気持ちを切り替え、瓦礫の荒野のもっと先を遠く見据えた。

「あそこだ」

その視線の先にあるのは、やはり戦禍によって折れ曲がった旧インペリアルタワー。

かつてこの国の繁栄を象徴していたような趣味の悪い青い重厚な建造物だった。

その最上階で、あくまで現在の折れ曲がった状態での最上階でだが、、、ここでケンシロウを待つ。迎え撃つ。

南斗にも北斗にも何の縁もない場所だが、だからこそ、ほんの僅かな有利も不利もない完全中立な舞台と言えよう。

もっと血闘に相応しい派手な舞台もあろうが、それでいい。どうせ観客はゼロだ。

ゼロだけが二人の半神半人の戦いを見守る。そしてゼロは誰にも語らない。

ジャリッ

シンは努めて静かに、しかし暗殺に興じるような足運びではなく、夕陽を背にゼロとともに歩き始める。