後始末は終わり、それからさらに数ヶ月が経過していた。
瞑想の中、シンはあの時を想起した。
山々の幾箇所から煙が上がっている。火は善悪なしに全てを焼き尽くし浄化する。
南斗宗家の凄惨極まる所業を浄化するのは、まさに火のみであろう。しかし、「浄火」と言うには相応しくない。神に捧げる聖なる火と言える代物ではなかった。
燃え残ったカスもこの世のあらゆる汚れに満ち満ちていた。
眼を開け、シンはふと、理由もなく自らの手に視線を落とした。左手はかつて完全に破壊されていた、その跡がはっきりと残っている。
武術家のものと言えばそう見える。農器具を使い込んだ手と言えば、そうも見えた。
この手は一体何なんだ?
そんな問いが脳を過る。
しかし、そんな自問は南斗聖拳にとってタブーである。迷いがあっては生き残れない。それは「外」でも、そして何より「内」でもだ。
とは言え、現在既に「内」を構成する人間はほぼいなくなっている。シンの復活は、その筋になら高い価値のある情報だ。
それでシンを訪れる南斗諸派がほとんどいないとなると、それが答えというところだろう。
そんな中、よく訪れるのがこの男だった。
「蝙蝠か」
枯れ木の陰から朧げな姿が現れる。
「はぁ、いつから気付いてました? 気配は全力で消したんですが」
「それだ」
「はい?」と蝙蝠はいつものおとぼけだ。
「その全力で消そうとしているそれが気配になっていた」
「なるほど! しかしです。それはシン様だからこそ。他の者たち相手には参考には、、いや、なるかもですかね」
直後、蝙蝠の気配が微かに変化した。
「シン様、、、何となくですが、、、」
「、、、」
「いよいよ、のおつもりですか? 何となく、そんな気がするような、しないような」
この、のらりくらりとした性格がその武にも少なからず反映してか、蝙蝠の技は実に読みにくい。これもある種の武における境地だろう。
そして、シンは蝙蝠の問いに想いを戻した。
「流石だ。そう。そろそろだと思っている。既に奴と再会した際、こちらの意は伝えている。それでも、いざとなるとこれほど時間を要した」
「ならば、今なら勝てると?」
即答はできなかった。だが、熟考したとて明確な、しかも前向きな回答は出て来そうにない。
「こうして数ヶ月、思うがままに拳を研ぎ、練り究めんとして各地を彷徨い。幾度も自問した。奴に勝てるか、、についてではない」
「はい」と蝙蝠は枯れ木の下の小さな花を愛でている。シンの声に注意を払っていないわけではない。
「南斗聖拳とは何なのか?だ。考えてはいけない、無駄で、しかも得心できる答えも、恐らくない」
「はい」と今度は高く青い空を見上げている。その耳は何者かの気配がないかを、習性的に探っている。
「そんな中で」
言ってシンは立ち上がった。
「奴を除いて常に二人の男が浮かび上がる」
「当てますよ、ガルダ様とバルバですね?」
シンは微笑してかぶりを振る。蝙蝠もわざと間違えている気さえする。
「ほぉ、何故です?」
南斗聖拳、、、この名前に当て嵌まる実体はない。数多くの南斗聖拳流派を学び身に付けても、真の解答はない。もう、元からない。
多くの技・奥義を統合して真の南斗聖拳と名乗っても結局は自己申告だ。悪ければ自己満足とさえ言える。
それなりに武威を上げて来ても、「北斗神拳」が持つような絶対性に欠ける。そんな思いがなくならない。南斗聖拳を究めるほどにわからなくなる。
「ラオウが、北斗神拳というものを受け入れたなら、あれほどの剛拳は存在し続けたろうか」
「、、、」
流石に蝙蝠もシンを真顔で凝視している。実戦で受けた小さな傷が多いが、何よりサウザーに受けた十字の傷が顔全体を走っている。
「南斗鳳凰拳に防御の構えがないとしても、それを貫き攻撃のみに重きを置いたが故、サウザーの拳は南斗最強になり得たのではないか、
その一方で、北斗神拳は「すべて」だ。すべてだが、人を選ぶ。当たり前だが人を選ぶ。そして今やケンシロウこそ、北斗神拳そのものだ」
「何となく、理解できます。そのお考え」
「奴の器は形がない。北斗神拳に形がないからだ。奴はまさに「すべて」、そう感じる」
「器、、、器ね、、あのお二方の器はまさにまさに破格でした。器と言うなら、私にはシン様の器が見えますよ」
「、、それは?」
「シン様はですね、器と言ってもちょっと違ってまして、、、、、刀の鞘ですよ」
「刀の、、」
「あ、いや、いえね?」と手の前で右手を小さく振る。
「南斗の聖なる拳を、それより遥かに劣る刀に喩えるのはアレですが、すみません、私のイメージなんですよ、刀の鞘ってのがね」
刀の鞘、、、一方には長く伸びているが、幅がない。そして内には刀を納めている。
確かに南斗聖拳からは遥かに劣る武器だが、その喩えは悪くない。何より、伝わる。その意味が伝わる。
幅はないが、内部に鋭い刃を持つ。それがシン。幅はないが、、長さはある。
一方、北斗神拳ケンシロウの器は捉え所がない。それがシンの直感だった。次々と波打つように形を変えて行く「すべて」。
南斗獄屠拳で地獄に突き落としたケンシロウは、焼きを入れる前の粘土の器だった。
それがサザンクロスでの再戦では、鋼の器に。そして、久しぶりの再会の時、奴の拳は剛柔併せ持つ至高の完成品となっていた。
その剛拳はラオウをさえ思い起こさせ、剛の中に垣間見える柔は、弱々しさではなく、強いしなりを感じさせた。
だが悪くない。
ふとシンは内心で笑う。
刀の鞘か。抜き身の刀身は南斗聖拳を表すのに相応しい
北斗神拳の「すべて」に南斗の特異な器で挑む。
自分の南斗の拳が「振り切っていれば」、ラオウやサウザーのようにまた別の境地に立てるかも知れない。
それは元から南斗聖拳源流直系の孤鷲拳にこそ秘められた「何か」かも知れない。
南斗の統合ではなく、南斗の全てを知った上でこその今のシンの拳に、「何か」がある。
拳技だけではない。彼の半生、何より死の淵を見ながらも、そこから戻ったということ。
これこそ南斗聖拳の真の極みを意味するはずた。