「すまん、、、、わたしがバカだった」
そう深く詫びたのはシュウだった。
不幸中の幸いと言おうか、ケンシロウはサウザーに敗れたが、その命までは奪われていないという。
どうやらあのピラミッドの地盤に据えるとか、要は人柱として犠牲に捧げる魂胆とのことだ。サウザーめ、何てことを考えるんだ。
だが、ひとまず最悪の事態は免れたと言えるだろう。
では、どうやってケンシロウを救い出すか、だ。そんなの決まってる。俺が行けばいい。
だが、シュウとレジスタンスの幹部たちから俺の名は出ない。気を遣っているのだろう。
俺は俺でレジスタンスの一員になったつもりでいたが、まだ一時の客人扱いなのかも知れない。
もちろんここで、、、シュウ本人が救出に行くことはできない。
レジスタンスはシュウという人物がいなければ成り立たない。それは明白だった。
レジスタンスの面々はサウザーそのものの力を見たことはない筈だ。その一方でシュウの南斗白鷺拳の持つ恐るべき強さを繰り返し見ている。
そのシュウを、死闘でないしても力で退けた北斗神拳伝承者ケンシロウには当然のというべきか、過分というべきか、とにかく大きな期待を抱いたであろう。
ところが、そのケンシロウがまさかの敗北を喫し、敵に囚われてしまった。
その救出と奪回にシュウが出てしまってはレジスタンスはまとまりを失くす。あのシュウが向かったとしても、確実な成功が約束されているのではないからだ。
実際、レジスタンスの戦士たちや女子供たちも、全てにあってシュウ頼みなのを隠せない。ある意味当然ではある。敵はあのサウザー率いる強大な組織、聖帝軍だ。
いや、シュウならケンシロウを救い出せるだろう。だが、仲間たちを不安に、いや、恐怖に晒してまで動くことはできない。
それがシュウ。それが仁の星というものだ。
その苦悩が顔に表れているぞ、シュウ。
それにだ、、、
あのリアルなビジョンが頭に浮かんでしまう。シュウがピラミッドの頂点で何本もの矢で射られ、最後に太い槍で胸を貫かれてしまう不吉なビジョンだ。
シュウをそんな目には合わせられない。
その時だった。
「わたしが行きます!」
部屋の外から、透き通るような若い声がした。澄み渡るような魂の持ち主でなくばこんな声は出せまい。そう、この声は、、
ガチャ、、とドアが開いた。
「シバ」
一人の戦士が彼に声をかけた。シュウはドアの向こうにシバが立っていたことに気付いていたのだろう。驚きがない。
「何を言ってる。シバ、お前に任せるわけにはいかない」
他の男がそう言った。
レジスタンスリーダーの息子と言っても特別な地位にいるわけではないらしい。
「わたしでは頼りないのはわかります。ですが、上手く紛れさえすれば、わたしなら怪しまれません」
皆が「はっ」とした顔をした。
ピラミッド建造にこき使われる子供たちよりも年上なシバは、過酷な労働に回されることはない。
本来の軍なら、見習いとして兵士たちの世話を任される役目になっているだろう。
だが、聖帝軍の場合はもう一つ役割がある。痛みと恐怖だけで強制労働に就かされては子供たちの精神が壊れる。
そのサポートとして鞭を持ったモヒ野郎と子供たちの間に入って世話をする「お兄さんお姉さん」役の少年少女だ。
それはあくまで役目なのだが、まだまだ幼いとさえ言える子供たちの世話をしたい、心のケアをしたいと願う者も少なくない。
だから一度忍び込めさえすれば、何食わぬ顔で歩いていても特段怪しまれない。「お兄さん役」としか思われないからだ。
と、そういうことらしい。
しかも、シバはシュウの実子だけあって「感化」する体質の持ち主なのだという。というより、既に「感応者」であるらしく、その身体能力は並の大人では比較にならない。
それなら見張りのスキを突いて忍び込むこともできるだろう。
だが、、、
「シバ、やめておけ。俺が行く。それがベストな選択だ。俺自身、ケンシロウを救い出したいという強い思いがある」
「レイさん、、、」
「言うまでもないが俺は南斗水鳥拳の伝承者。サウザー本人でも現れない限り、救出に失敗はない」
そのサウザーが仮に囚われたケンシロウに会いに来たとしても、一軍の王、いや帝王が単身で出歩くことはない。必ず取り巻きがいる筈だ。
つまりサウザーとは顔を合わせずに済むということだ。
ケンシロウの居場所を吐かすのもお手の物。俺の指は鋭い凶器なのだから。
かと言って油断はならない。
奴らの中には、、あのユダがいる。他にユダやセイランほどでないにしろ、何らかの南斗の拳を修めた者がいる可能性もある。
「すまん、レイ。わたしもレイに任せるのが一番成功率の高い選択だと思う」
というシュウの言葉に対して、小さな疑問を差し挟むような気配も、他の者たちからは感じ取れなかっな。
「わかりました、レイさん。行く前にわたしの所へ寄って下さい。お渡しするものがあります」
わたしの所、、、か。シュウの息子シバであっても、自分だけの部屋を有していない。同年代の少年たちとの相部屋だ。
戦士見習いとは言え彼らも年頃だ。恋愛の一つや二つや三つくらい、浮いた話もあるのだろう。
南斗の人間には訪れない青い春が、きっとこんな暮らしの中でも彼らには訪れるのだ。
それでいい。
シュウが息子シバに白鷺拳を継承しない気持ちは、、よくわかる。愛する我が子の両手を血で染めたいとは思わない。
俺は胡座の状態から立ち上がった。
夜、、、善は急げ、だ。
「レイ、気を付けろ」
「フッ、そんな顔をするな、シュウ。サウザーとやり合うわけじゃない。必ずケンシロウを連れ戻す」
「ああ、信じている。ケンシロウのことも、まだ、、、」
「当たり前だ。ケンシロウはこの世を照らす光なのだろう? この世界に平和を取り戻すために奴の力が必要だ。必ず生きて連れ戻す」
そして、俺は早速身支度を整え、一人闇夜に紛れ込んだ。どこまでも広い夜空を照らす月がキレイだった。
敢えて、敢えて北斗七星からは目を逸らした。見たくもない星が見えてしまうかも知れないからだ。
途中、自分が発した言葉を反芻する。
「この世界に平和を取り戻す、、、」
この言葉は間違いだ。
この時代になる前、俺たちは裏でいろいろと蠢いていた。その俺たちの世界は平和と言えるような代物では、とてもなかった。
平和は取り戻すものではない。
新たに造るのだ。
そのためにケンシロウの力は欠かせない。奴の可能性は無限だ。「あちらの世界」で俺は見た。
圧倒的な実力差があるように思えた拳王ラオウとさえ、互角に戦うケンシロウを。
ケンシロウを救い出す、、、そのために歩む暗闇の道。
だが俺は確かに感じる。
その真っ暗な道を、義の星の光が照らし、導いていることを。