妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

116.

「ここです」

どう見てもただの荒くれ者たちが徘徊している不穏で殺伐とした街の中、蝙蝠がクルマを止めたのは、特にどうということはない小さめの建物だった。
武装した荒くれ者たちに目で挨拶すると、彼らも軽く肯いたり手を挙げたりと、蝙蝠に応える。

「ああ見えて彼らは忠実な見張り役です。安心してクルマを置いとけます」

建物に入り、蝙蝠が案内しながら奥へと進んで行く。そして、、

「この部屋です」
「ここから?」
古い書類等が散乱する、元々は何かの事務所だった一室に他の扉はない。
「はい、ここですよ」
と、蝙蝠は大きな事務棚をどかした。次いでフロアタイルを外していく。何枚も取り外したフロアタイルの下に引き出し式の取手があった。

「ホコリが立ちますよ」
と、蝙蝠は一言断わってからその取手を一気に引き上げた。大きなハッチが開放され、そこに地下へ続く暗い階段が現れた。

「他にも幾つかあるんですが、ここはあんまり使わないんでホコリがねぇ、溜まってました」
と、開いたハッチを押さえ、蝙蝠はそのまま突っ立っている。

「ここからはシン様だけでお進み下さい。私の同行は必要ないですし、そのようにも命令されていませんから」
「、、、わかった」
一歩踏み出すことに、シンは僅かながら躊躇した。殺傷力があるのに気配がない罠だけは「斗」の拳士でも危機感を持つべきものだからである。
だが蝙蝠が、ここだ、というのならある程度の安全は確保されているだろう。少なくとも蝙蝠のことは信用できる。シンは階段を降り始めた。

「シン様」
「どうした?」
振り返り見上げると明るい日の光が射している。暗い階段から見上げると余計に外の光が眩しい。

「私は差し当たりここまでが仕事です。いずれまたお会いしましょう。その時はお願い事をするかも知れませんが、もしそうなるならそれは喜ばしいこと。私の願い、きいてくださいよ?」
「約束はできんぞ」
「わかりました」
と笑い混じりの声だ。

「とにかくですよ?」
急に真剣な声になっている。
「短気はいけません。彼らがシン様と会うということは、既にそれなりの手筈が整っているということですから」
「わかった」
「お願いしますよ。では!」
ハッチが閉じられた。タイルを嵌め直す音、そして事務棚をずらす音が聞こえた。

 

 

狭い階段は暗闇に包まれ視界は完全に閉ざされた。
自身の足音の反響から大まかな形を描き、ゆっくりと一段一段確かめながら降りて行く。

「シュウなら走って降りられるだろう」
そうシンは一人呟いた。

その後しばらく降りたところで、下方から微かな光が照らしているのが見えた。降りるほどに明るさは増して行く。
最後の方は視覚のみでも十分な程度には明るくなって来た。
そして遂に階段が終わりを迎えると、そこには一枚の木製の扉があった。ぼんやりとダウンライトが照らす、何ということはない普通の扉だった。

何の掲示も装飾もない。だだの扉だった。

 

「さて、この先に何があるのか」

また別の階段があるのは面倒だ。でなくばドアの向こうはまた別のドアなんてことにならないだろうか。

流石にそうなれば南斗聖拳の蹴りでドアを破りたくもなるだろう。


罠を警戒しながらドアノブに手を伸ばした。
ひんやりとしたノブからは電気が流れることもなく、チクッと刺す毒針も仕込まれていなかった。

ガチャ
ドアノブを回しシンは扉を開けた。

「うっ」
眩しさに目を背けた。

「これは!?」


街だった。

全てが白で統一された街並み。
まるで映画のセットのようだが、通りの奥には人の行き来がある。
見上げると高い天井には沢山の照明が設置されており、それが眩しいほどに街を照らしている。

温湿度共に管理されているのか快適で、異臭も騒音もない。とにかく綺麗だった。戦争の跡など当然どこにもない。

それどころか旧世界の、繁栄はしていてもその分溢れるほどあった煩雑さがない。そのかけらもない。
この規模からして「新世界」後に築かれたとは考えにくい。

「以前、、からか」

恐らく旧世界の時から既に存在していた街なのだ。あの帝都でもこれほど明るくは街を照らせないだろう。
とりあえず警戒を怠らず、先ほど人の見えた方向に歩を進めていくが、人の姿は全く以って消えてしまっている。静かで、ネオンが光るような看板もない。信号機もない。緑もない。
あるのは白とその物陰にできる灰色だけだった。
建物には曲線部分がなく、全て直線だけに画一化されている。窓はあるがガラスは入っていない。窓ガラスの形だけを為しているようだ。

細かく見ていけばそれぞれの建造物はどれも微妙に異なっているが、遠目に見るならその街並みが一定の秩序の元に計画され建造されたものだと気付く。

 

広い通りに出た。それにしても静かだった。

静けさもそうだが、この一面全て白というのは見慣れてくると不気味で仕方ない。

「む」
通りの向こうから、この白い空間と真逆の色を纏った男たちがこちらに近付いて来る。全身真っ黒のローブを着込んでいるが男であろう。三人だ。
長いローブを引き摺り過ぎ、踏んで転ばないようにしているのか、両腕の肘から先をだらしなく前方に挙げた格好で近付いて来る。

 

「なるほど。短気はいけません、か」

あの不気味で、どこかこちらを馬鹿にしているかのような歩き方だけで、シンの両手には南斗聖拳の裂気が集まりそうだった。