妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

レイ④

「トキ、話がある」
俺はこの奇妙な現象をトキに相談することにした。相談するにはちょうどいい清々しい、、、と言っていいのか、そんな夜だ。


「まず、、これから俺が言うことは冗談ではない。だから、真剣に聴いてほしい」
「わかった」
すんなりとトキは聴きに入ってくれた。やはりラオウとの件に何かしらの違和感を持っているんだろう。
あの男が自分より格下のレイを前に、いくら自分が向かっているとは言え、引き下がるだろうか、と。
いや正直、それは俺にもわからないが、恐らく、「以前のように」は闇雲に突撃しないことと、賢い立ち回りをしたことが功を奏したのだろう。
都合よく考えるなら、トキとの一戦を前に余分な傷を受けることを嫌ったのかも知れない。俺がラオウに勝てるなど思わないが、戦法を誤らなければ「あの時」ほどの惨敗はない筈だ。

さて、とりあえず、、、

「いきなりだが、、俺はトキの拳を見ている、知っている。カサンドラの牢獄のことではない。確かに見たんだ。わけが分からないだろうがこのまま進めさせてくれ」
「、、、うむ」

あっちの世界で、特に最後の数日に世話になったトキを「あなた」と言うべきか「お前」と言うべきか、、、少々迷う。
病の影響で実年齢より老け込んでいるが、年上なのは間違いない。それにシュウに並ぶほどの聖者ぶりでもある。

「トキの拳はラオウ剛拳に対して、柔の拳。剛拳を受け流す拳だ」
少しの驚きの後、トキは沈黙した。

ケンシロウはトキの拳を伝授されていないが、それが柔の拳だということ自体は知っている筈だ。
ケンシロウからそのことを聞いているのでは?との解釈はできる。
先ずはそう考えているのだろう?トキ。それでも何とも判断し難いようだが。

「もっと言おう。俺はラオウと戦い、ある秘孔を突かれる。それは三日後に死が訪れるものだ」
トキの目付きが険しさを増した。
「その秘孔の名は、新血愁。そしてその効果を少しだけ延ばす秘孔の名はシンレイダイ。新血愁のちょうど真裏にある」
新血愁、、その書き方は教えてもらっているがシンレイダイの字は知らない。

「心霊台のことも知っているのか、、、」
流石にトキもこれが単なる冗談の類でない、と認めざるを得まい。
それでも、まだ疑ってかかるべきとトキは思っているだろう。

ラオウという男が、敵した者に三日後の死を与えることを知っている可能性はある。どこかしらで噂を耳にしていても不思議はない、と。
その話をケンシロウに振れば秘孔の名もわかるかも知れない、と。
そうなれば新血愁に対応する秘孔、シンレイダイのことを聞いたとも考えられる、と。


実際のところトキはレイの言うことを既に信じて始めていた。ただ、それを受け入れることがあまりに困難だったのである。


「俺の知る元の世界では、ケンシロウラオウと戦った。ラオウは馬から降りてはいなかったがラオウとほぼ互角に張り合った。しかし、まだラオウの方が上で、殺される直前にまで追い込まれた」


そこを救ったのはレイの放ったボウガンの矢であるが、それはここで伝えなくてもいいと判断した。話の腰を折っている場合ではないと。


「そしてトキ、ケンシロウの窮地にあんたが現れラオウと戦った。そこでその柔の拳を見たのだ」
とりあえず「あんた」にしておこう。

「これは、、どういうことか」
「信じてもらえないだろう。信じてくれとも言いにくいことだ。だが、俺は本当に見ているんだ」
「、、、」
「秘孔シンレイダイによって延命した俺はマミヤの心と体に深い傷を刻んだ男、同じ南斗聖拳の、、南斗紅鶴拳妖星のユダと戦い苦戦の末の大逆転で勝利を収めた」
あの境地には今の俺では到底立てそうにない。あのユダとの一戦も正に夢か、そうじゃないならどこぞの他人事のようにさえ思える。

「そしてその後、俺は皆に別れを告げ、古い小屋に入り最期を迎えた」
トキは懸命に理解してくれようとしている。そうでないなら俺の頭がやられてはいないか、それこそラオウに何らかの秘孔を突かれているのではないかと、そう危惧しているのだろう。

「秘孔新血愁の効果が内部からこみ上げたのが分かった。強烈な衝撃と内部からの圧力ですぐに意識は遠のいた。死んだのだろう。なのだが、死の闇の中に光が見えた。その光に辿り着いた時、俺はここに、この村にいたんだ」
「、、、、、、、人間の脳には時間を知覚する能力がある。それは北斗神拳であっても、どんな経路を辿りそうなるのかを正確には究明できていない」
トキは何とか理知的にこの不可解な話を噛み砕こうとしている。
「だが、、、これはその話を全面的に受け入れたとしての私の仮説だが、、」
「ああ」
「元より北斗と南斗は人間の能力を余すことなく発揮する。それは脳に眠る隠された能力を呼び覚ますからだ」
「ああ」
「ならばその我らのある種の覚醒が、その時間感覚知覚野に及んだとは、そう考えられないだろうか。それでないなら、、、、天の悪戯か、、、」

焚き火が照らす中、トキは木の棒を拾うと砂の地面の上に横線を引いた。
「これが今の時間世界、、、世界線というやつか。そう世界線だ。そして、、」
と、トキはその線の右端にバツ印を描いた。
「ここでレイそなたはラオウの新血愁によって命を失った。そしてそれは、、」
そのバツ印よりも前、やや左、線の上にまた別のバツ印を付けた。
「それはこの時点で秘孔を突かれたことによるものだ。だが、このはじめのバツ印つまり最期を迎えた後に、原因は不明ながらこの地点に、いや時点だが、、戻ったと」
と、線の右端バツ印からラオウ戦を意味するもう一つのバツ印まで上から曲線で繋げた。今日を意味するこのバツ印に。

「そして更に」
とそのバツ印から右下に線を伸ばす。
「過去、、とりあえず過去と呼ぶが、そちらの世界の過去と別の行動をしたことで、新たな経路、世界線が発生した」
右下に伸ばした線をそこから横に延長し、元の線と並行に並ばせた。
「タイムスリップ、、、パラレルワールド
まさかこんな言葉が現実味を伴って俺の口から出るとは思いもしなかった。思うわけもないだろう。

「ならばレイよ、この新しい世界線、時間軸は未知の領域ということになる。この後の三日間、そしてその先は誰も予想はつかない」
先の予想が立たないのは、、、あったとしての仮定だが、どんな世界線も同じだろう。
だが、俺は「今」を受け入れるしか、先に進めそうにないことを理解した。

「トキ」
「うむ」
「とりあえずだが、、このことはケンシロウには黙っておいてくれ。ややこしいことになる」
「わかった。その方がいいだろう」

話せたこと、そしてトキが信じてくれたこと、少なくとも信じようとしてくれていることで、俺の気持ちは大分楽になった。

「恩に着る、トキ」
「構わない。それにしても、、、フ、フフ、、私は多くの人々を診てきた。中には脳や精神の障害により、妄想を現実として語る者もいた。だがここまで説得力のある、こんな不可思議なケースは初だ」
そうだろう。それはそうだろう。トキ、、、すまない。ここで一つあんたに頼みがあるんだ。

「トキ、、こんな時になんだが、一つ頼みがある」
「なんだ、レイ」
南斗水鳥拳、、、ユダ戦の境地にはもう立てない。ユダは強かった。そのユダに対しての前半の優勢と最後の飛翔白麗は、俺が、何と言っていいのか、、、とにかくある境地に至っていたからだ。
今は無理だ。不可解な世界に置かれていても、まだ俺には先があるのかも知れない。愛する者たちと共に生きられるのかも知れない。
そんな失った物を取り戻した喜びから、今の俺には生への強い執着がある。あの真の南斗水鳥拳を取り戻せない。
だからだ。今だからこそよくわかる。俺の拳に足りず、そして必要なもの。

「あんたの柔の拳を、俺にも教えてくれないか」