妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

110.あの映画とある曲のオマージュ

シンよ!
よくぞ避けた。まだ終わらないのだな。
よくぞ躱した。まだ終わらせるつもりはないぞ。

ジタバタするな! 見苦しいぞシン!
そうだ、慌てふためけ! 見苦しいぞ!シン!

ブォン!
黒い氣の鞭がガルゴから発せられ、直前までシンが這いつくばっていた場所を刻む。

「!、、まだ避けるのか?」
その状態で!
そうだ!まだ当たるな!もっと楽しもうぞ!

ガルゴ本人にも混乱が生じている。本当にシンを切り刻む斬撃なのか、いたぶり恐怖を与える一撃なのかの区別が明確でない。

「くぉーー、、ら!!」
ザン!!
またもガルゴの溜めた一撃がコンクリート面を深く刻む。鉄筋の梁までもが切断されている。

「ふお!」
バチャバチャと見苦しい様で転がりながらシンは回避していた。

まだ立てない。動けない。
、、、俺は、、、恐怖している、、、


「うおっ」
脚はまだダメだ。麻痺が残る両腕で尻と脚を引き摺りながらガルゴから後退りし離れようとする。

「うっ!」
金色と黒い陰の氣刃がシンの真横を掠めた。
身体を反転させ這いつくばり、腕だけで逃げて行く。長い銀髪が顔にへばり付く。髪を払う暇もない。

ボン!
そこに光と闇の混ざった氣弾が撃たれて水蒸気が上がる。
ビチチ!
またそこに氣弾が撃たれて水面が凍て付いている。

「はあ、、はあ、、はあ、、」
逃げ場、、、、階段は?、、ガルゴが開けた大きな穴は?、、、

階段はガルゴの向こう側。階下に繋がる大穴も遠い。

そこに行けたから何だ? 逃げ切れるとは思えない。

這ったまま、腕でもがきながら進む先には何もない。既に逆転の発想も、それがあったとしても実行する力がない。
自分でも見苦しい。
六将の一人として誇り、傲り、周囲を見下し鼻で笑った日々が恋しい。そんな思いが愚かしい。弱者でしかない自分が呪わしい。

ザン!
「くく!」
シンの現状でもギリギリで避けられるように氣弾や氣斬が撃たれている。
ガルゴも最早瀕死に近い状態だ。だから当てるタイミングで撃てないのか、恐怖で不様に転げ回るシンをいたぶっているのか、それはわからなかった。

「はあ、、はあ、、」
何故俺の目はビルの縁を見る?
何故俺は暗黒の淵を目指して進む?

、、、逃れたい、、、、
何ということだ。恐怖のあまり俺は身を投げようとしている?

南斗の荒鷲
力こそが正義、だと?
いい時代になった、だと?
今や南斗聖拳唯一にして真の伝承者?
南斗の新しい歴史は俺が作る?
北斗神拳に再び挑む!、、だと?
死兆星を覆してみせる!、、だと?
、、だと?

だと!?

自分が吐いた言葉がこれほど自分を辱めるとは。
自業自得と納得していた「あの時」より、全て行き詰まり鬱屈としていた「あの時」よりずっと、、、いや、これは比べ物にならないほどの恥辱だ。
恥辱の沼にどっぷりと浸って、更に沈み続けている。底は知れない。


「怖いか?シン」
いつの間にか先回りされていた。

頼む、もうこの恐怖と恥辱から俺を自由にしてくれ。頼む。
雨がなければ俺の顔は、怖くて、情けなくて、きっとグチャグチャに泣き崩れているだろう。


「シン、、、恐怖に怯える、、それが弱者の姿だ。狩られる者だ」

ガルゴが更に歩み寄る。もうこれ以上躱しようがない。その顔には憎しみが浮かんでいた。

だが、、、、、
ガルゴはゆっくりと、這いつくばるシンの前に座り込んだ。

「、、、、、」
「元斗、南斗、共に奥義を究めた者が戦った。何が勝敗を分けた?」
「、、、」
「簡単だ。全く以って簡単なことだ。思いだ」
「お、もい、、」
「俺は守りたいものの為、死んで行った友の為に戦った。飽くなき血を求める修羅の心よりも、それが強かった」

金色の柔らかい光が照らしているのにもかかわらず、その顔の白さが際立つ。雨に体温を奪われているからなのか、出血により血の気が引いているからなのか。

「最期にそれを証明できた。俺の中の血を求め、殺害を愛し求める心に、俺は勝てた。最後の最後に俺は自分が人間だったと誇ることができる」
「、、、」
「金獅子、キメラ、、違う。俺は修羅でもない。人間だ。穢れているが俺は人間だったよ」
「、、、、」
「シン、自分のためにしか戦えない者に、、、俺が負けることはない。頂点に達した者同士なら、その小さな差が勝負を分ける」

確かに、、南斗聖拳の誇りと存続のためなどとは後付けだった。結局は、いや初めからそうだった。全ては南斗聖拳の使い手である自身のプライドのためだった。

「戦場で、、多くの者たちを殺めて来た。立ち向かうなら誰であろうと。それが戦場だと言い聞かせ、楽しんでさえもいた。敵の悲鳴がたまらなかった。返り血を浴びる瞬間が愉悦の時だった。引き裂かれる敵を見て全能感に浸った」
「、、、」

雨の勢いはやや衰えたが、止む気配はない。

「だが、どうだろう? 俺が殺めた多くの生命と、ここに今尽きようとしている俺の命に違いはあるのか?」

ガルゴは知っていた。このシンとの戦いが最後になることを。
元斗の爆発的な氣の放出は命を縮める。それを押してガルゴは戦場に赴き、殺し続け、影力で命を削り、それでも戦いをやめなかった。
天を見上げても死兆星など見えはしない。それでも確実に迫る自身の死を知っていた。

死兆星だと? ここで死する俺には少しも見えはしない」

気付けば、ガルゴの傷からは既に血が出ていない。

「人は、何処へ行く」
その表情は穏やかで、親しみさえ感じるほどだった。

「最後の相手がお前で良かった、南斗聖拳。最中に進化して行くお前を見ていて、もっと見ていたいと思っていた。だからって手は抜いていない。俺には先がないから全てを、命落とそうと遠慮せずに出せただけだ」
「ガルゴ、、、」
「お前が降らせた紫の雨。キレイだった。最後の最後にいいものを見せてもらった」
眉間の皺が消えている。安らいでいる。恐らくガルゴの眼はもう何も見えていない。

「俺はどこへ行く?、、、ファルコのことも、ブレイのことも、天帝のことも、、朝敵などという言葉も、、もうどうでも、、、。風が、乾いているな」

雨は弱まって来ているがまだ降り続いている。

「そう、あの夕陽だ。なんと美しい、、、」
とガルゴが指差す先は暗闇だった。

「乾いた風に吹かれながら、、俺は一人で歩いて行こう。あの忘却の空に辿り着けるまで」

ガルゴが目を閉じた。
途端に雨がガルゴの顔を伝い始め、そして金色の光が静かに徐々に、、闇に消え去った。

「ガルゴ、、、」

雷は去っている。
雨は更に弱まっている。

見上げると雲に切れ目があった。星々の光が小降りの雨を通り過ぎてシンに注がれている。
死兆星などどこにも見当たらない。

何度も探した。


何度も探したが、どこにも見当たらなかった。