妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

102.回想

ケンシロウ、、、」

師父リュウケンの脇でケンシロウとジャギによる、実戦を見立てた激しい組み手を観ていた北斗の次兄トキは、末弟ケンシロウを案ずるあまり思わずその名を呟いた。

ケンシロウの力は本来ジャギを超えている筈。なのにケンシロウは兄であるジャギに気を遣っているのか、今回も敢えて劣勢に」
トキの言葉にもリュウケンはただ黙したままである。

「む?」
ジャギの拳に殺意が宿るのをトキは見逃さなかった。が、それよりも早くリュウケンは視線でジャギを威圧してその企みを制止して見せた。

「へん、本気じゃねえよ。あまりにもこいつがヘタレてやがるからちょっと気合を入れてやろうと思っただけだ」
と、ジャギは脱ぎ捨てていた上着を拾い、バサッとホコリを払うと逞しい肩に掛けて奥へと消えて行った。

ケンシロウ」とトキが存分に痛めつけられた弟の元に寄る。しかし、手を貸すことはない。必要がないのに手を貸すことは甘さを許さない北斗神拳の道に背く行為だ。それに加えてケンシロウの尊厳を傷付けぬよう意識したからだ。

ケンシロウ、、わたしはお前に拳を教えて来た。お前がジャギにいいようにされるような腕ではないのは知っている」
そこに「何故手を抜く?」と会話にスッと入り込んで来たのはリュウケンだった。
「幾度か言ってある筈だ。情けは否定しない。だがかける相手は見極めよ」
「いえ、、、ジャギの、、ジャギ兄さんの威圧感に押されました」
と、ケンシロウは寺院の回廊脇の腰掛けに置いた上着を持ってジャギとは違う方向へ消えて行った。
リュウケンはその背中を厳しい表情で見送っている。

北斗神拳次期伝承者は隣にいるこのトキとなるだろう。拳技、思想、学識、安定した性状、そして有情拳の使い手とは言え悪を断つことに迷いのない非情さを持っている。
しかし、リュウケンはトキの身体の中に小さく疼く病を感じ取ってもいた。(※トキは死の灰に侵される前に病を患っていた説を採用してます)
そこに一抹の不安を隠せない、という本音がある。

もう一つ、、、
ケンシロウはあの北斗宗家の血を濃く受け継いでいる。伝承者となり北斗神拳真の奥義に達した時、その力は計り知れないものとなる可能性を持っている。トキよりも、あのラオウよりもだ。

ケンシロウは最強の暗殺拳を学ぶ道にありながら、生来の優しさがある。そして何故でしょう、その優しさはこれもまたケンシロウ生来の深い悲しみから来ているような気がして」
もちろんトキにも優しさはある。だが自分が学んでいるものをよく理解している。医療に活かすことを決めていてもその反面、暗殺拳という真逆の立場も受け入れている。
ケンシロウの根本、背骨というか、、そこに悲しみという名の一本の丈夫な筋が通っているように思えます。理由はわかりません」
「悲しみを知ることは暗殺拳北斗神拳に不要か?トキよ」
「いえ、そうは言えません。北斗神拳を身に付けるということは、人と分かたれた存在になると言ってもいいでしょう。人の悲しみを知らねば正にただの死神となり、世界にあらゆる災厄をもたらすことにも」
リュウケンは無言で肯いた。
そしてもう一人、トキの実兄ラオウを思う。

「悲しみを知らぬ男の迷いのない剛の拳を止めることができましょうか? ケンシロウに」
「剛は殺、柔は情。では悲哀は?」
思わぬ師父の問いにトキでさえ返す言葉が思いつかない。
北斗神拳究極奥義に、私では会得できなかったものがある。それ即ち、蒼龍天羅と無想転生」
「、、、」
「だがこれは学んで身に付けるいかなる技でもない。境地と、そう言っていいだろう。特に無想転生。北斗神拳の歴史上会得した者はいないとされている。だがそれなら何故その名が伝わるのか、、、」
初めて名を聞く二つの究極奥義。そして師父リュウケンでさえ到達できなかった境地とは?

「だが我が兄にして先代北斗神拳伝承者、蒼天の如く高く大きく、そして深く計り知れなかった男、カスミケンシロウは身に付けたと聞いている」
「聞いている?」
それについてはリュウケンは黙して答えなかった。
「無想転生、、、最強のものは無という。では悲哀は無に繋がるのか、、、、それはこのリュウケンでは及ばぬ話。だが、悲しみを知らぬ者では北斗神拳究極奥義に達せぬと、そう言い伝えられている」

無想といえば、無想陰殺なる秘奥義もある。あれだけでも拳士として究極と言っていい境地ではあろう。さらにその上があるというのだ。

 

高い山から降りて来る涼しい風がトキの黒髪を揺らし、剃髪したリュウケンの頭部を撫でる。
「ならばケンシロウが私たちの中で最も強くなることも、、、」

拳士としてやや複雑な思いはあるが弟ケンシロウが誇らしい。この拳は苦しむ人々のために使いたい。だが、その前に、、、兄ラオウを止める約束を果たさなければならない。
その日には来て欲しくはないが、ラオウが変わることも期待できない。

「悲しみか」

 


「無心?」
ファルコ即ち正統伝承者のみが知る元斗の究極奥義のことを、親友にしてライバルであったガルゴに打ち明けた。
「無心で何かをする、とかいうあの無心か?」
そうでないことは予想が付くがガルゴは一先ず訊いてみたくなった。

「遠からず、、なのかも知れん」
実際のところはファルコ本人も知っていないのだ。憶測でしか語れない。
「遠からずか。無意識、無想、無念と言ったところか。つまりは敵の殺気を感知して無意識的に反撃や回避をするというものか?」
それにしても正統伝承者だけに伝えられるというのに簡単に他言して良いのか。

「俺にもしものことあれば元斗を継ぐのはお前だ、ガルゴ。だから構わない」

元は北斗神拳の究極奥義である無想転生。元斗の遠い先人にそれを見た者がいるというのだ。究極奥義を見ていながら生きて帰ったとなると、その辺りのことは色々と訳ありなのだろう。
そこから転じて元斗皇拳にも取り入れられたと聞くが、闘気しかも視認可能な光の氣を扱う元斗である。実体を「消す」と言われる無想転生は不可能である。

「どうだ? ファルコお前はその域に達せられるか?」
「まだわからん。だが深い悲しみを持つ者にしかその奥義に達する方法はないと聞く」
「悲しみ、、、深い悲しみか。だが悲しいだけなら悲劇はその辺に転がっている。ましてかねてよりの噂通り戦争が勃発すれば辺りは悲劇で溢れるだろう」
「戦争が起これば悲劇さえも共に滅びるかも知れんがな」
「たしかに」
ガルゴは豊かで美しい自然を見ながら応えた。
「だが、避けられないようだ」
と、ファルコが同様に美しい自然を愛おしそうに眺めながら言った。この景色はそろそろ見納めになるかも知れない。
表舞台に出ている偽の天帝も、ファルコたちが護る真の天帝も共に世界の激変を通過する用意がある。恐らく北斗や南斗の者たちも世紀末戦争の情報は共有しているだろう。
残念ながらこの流れを止めることはできないようだ。次の戦争の先に人類が生き残ったとて、悲劇で溢れ返る世界しか想像できない。

それ以外想像できなかった。