妄想北斗の拳

妄天の拳です。北斗の拳のイフストーリーを南斗聖拳シンを中心に妄想してます。

レイ.31

義の星、、、

俺の歩みが、まさしくその宿命の星に導かれているとは、、自分では言い難い。「義」とは生半可な覚悟で体現できるものではない。
振り返ってみれば、「あちらの世界」での最後のユダ戦での俺は、「義」というものに近付いていたのかも、、知れないが。


、、、困ったことになっている。
強敵セイランの亡骸を葬ったが、そのセイランが、俺やシュウを誘き出すために用意した「罠」の後始末に困惑しているのだ。
こうしている間にも、ケンシロウサウザーの元へと近付いている筈だ。
ケンシロウがあっさりとサウザーに勝利するということも考えられなく、、、いや、それはあまりに楽観視しすぎているというものだろう。
あの拳王ラオウと並んでこの乱世に覇を敷く男。それがサウザーケンシロウと言えど南斗最強の男を相手に、約束された勝利はない。

「まったく、、、」

思わず毒突いたその言葉はケンシロウの無謀で無思慮な行動と、そして「罠」に対する二つの意味を含んでいる。
「罠」たちが悲しげな泣き声を上げている。多くは親たちから力づくで無理矢理に拐われた子供たちだ。
幸運にもかの「ハルマゲドン」を生き残ったというのに、その後に人として最も原始的な暴力によって引き裂かれるというのは、、、
俺もその気持ちは痛いほど理解できる。他人事ではない。南斗聖拳を身に付けた俺にも、まだ一般人に共感できる領域はあるということだ。

鉄の檻から子供たちを救い出すのは、南斗の拳を身に付けた俺には容易だが、つまるところはその後なのだ。
放っておけばサウザーの手の者たちが彼らを見つけ、再び拉致して奴隷にするのは明白だ。

大局を観よ、とはよく聞く言葉だ。

ならば、ここを後にしてケンシロウに助力すべく向かうのが正しかろう。
もしかしたら、シュウたちがこの幼い彼らを保護するかも知れない。
仮に聖帝の手下どもに再び捕まったとしても、ケンシロウサウザーを倒せば彼らを解放できる。

すまぬ、、、

俺は非情な決断をし、この場を去ることにした。

「、、、、、」

幼い泣き声、、、
気丈にもそんな子たちを励ますやや年長の少女。
そして、妹を守らんとガッチリ抱いている兄と思しき少年。

「くっ、、、」

すまぬ、、、、ケンシロウ

俺は大局よりも目の前の悲劇を無視できぬのだ。
一度そう思ってしまうと、俺の中にこの選択を正当化する考えが続けて浮かび上がって来る。
シュウたちがこの少年少女たちを見つけるより、この領地を治める者たち、即ち聖帝兵が見つける方が遥かに確率は高い。
そもそもケンシロウに助力しようとしても、サウザーとの戦いに割って入ることは許されない。
つまりは、俺に何ができる?ということだ。
ケンシロウがもし敗れたなら、サウザーのトドメが刺される前に救えと?

「、、、、」

南斗の帝王を名乗るサウザーが、北斗神拳伝承者、、ラオウやトキでもなく、北斗神拳の正当な伝承者と拳を交えるということ、、、、
それは北斗と南斗の宿命の対決、しかも、場合によっては「決着」とも言えるほどの大事だ。
何を以ってにしろ、邪魔は許されまい。


「、、、、、」

結局俺は、少年少女たちを荷台に乗せたままのトラックを運転し、シュウのレジスタンスと合流することになった。
もちろん、聖帝の手下どもに尾行されないよう細心の注意は払っている、つもりだ。
タイヤの跡を辿って来る者もいるかも知れない。シュウたちに彼らを任せた後は、しばらく尾行を警戒しておく必要もあろう。




シュウや世話好きな女たちは、哀れみを極力隠した優しさと、満面の笑みによる喜びで彼らを迎え入れてくれたが、食い扶持が増えればその分要るものも要る。
もちろん彼らも、まだ非力ながら可能な範囲で労働力を提供することにはなるが、隠れるにしても移動するにしても、悪い言い方だと足手まといだ。
現実的な視点を失ってはならない。

俺は思わずため息を吐いていた。

それにしても、ケンシロウの帰りが遅い。あのケンシロウのことだ、サウザー目指して最短で向かっているだろう。
既にケリが着いている、まであってもおかしくない。

と、思案しているとだ。

「シュウ様ぁ! シュウ様ぁ!」
と急いで駆け寄る男の姿が目に留まった。

「どうした? 何を慌てている」
そう俺は冷静さをその男にも伝染させるべく、静かに言った。しかし本当のところ、俺の胸騒ぎはほとんど騒音と言っていいほどに騒ついていた。

ケンシロウサウザーを倒したか?
それも確かに急いでシュウに伝えたいことだろう。だが、目の前いる髭の濃い男の顔は、朗報を伝える者の顔では、、、ない。

「レイ様!!」
「落ち着くんだ、どうした?」
「ケ、ケンシロウ様が!!」

最悪の事態を、、、予想しないわけにはいかなかった。

ケンシロウ様が! サウザーに、、、」

なんということか!

「敗れました!!」

144.

「思い掛けないほど、上手く行きましたね。こんな時は逆に用心しないと」

南斗宗家聚聖殿に隣した旧世界の機能を持っている真っ白な街、、白の街。
南斗宗家内部の人間でもあるリハクの手引きにより、そしてまさかの天帝軍の助力も得て、この白の街はあっさりと攻略に成功していた。
天帝軍を動かしたのは、言うまでもなくナンフーである。
とは言え、蝙蝠本人とその隣にいるナンフーの「中の人」の一人にして南斗将星付きシュメの棟梁モウコの活躍なしにはこの勝利はあり得なかった。
とにかく凄まじい、その一言に尽きる奮闘ぶりであった。
「感応者」であるモウコは南斗の流派を会得はしていないものの、その戦闘能力の高さは半端な南斗諸派よりも遥かに秀でていた。
武器も使わず、そしてもちろん「聖拳」も有してはいないが、その掌底打ちは敵を砕き飛ばし、
鎧で固めた相手に対しても、衝撃のみを内部に浸透させるという秘技を用いて、止めようのない前進を見せた。
組織のリーダーが先頭を切って進むのなら、他のシュメたちもその勢いに乗って突き進む。まさに烈火の如き勢い。
その前進し制圧する様は、蝙蝠に聖帝サウザーを思い出させる。
同じく「感応者」であり、南斗蝙翔拳を会得している蝙蝠も、ボヤッとしていては置いて行かれるほどの勢いだった。

もう一人いる。

蝙蝠やモウコと同じく「感応者」。そして時にナンフー役を務める、将星付きシュメの副棟梁、リュウキである。
両刃の剣を二刀扱うその戦闘能力は、素手で戦うモウコをも凌ぐもので、その活躍ぶりは正に目覚ましいものだった。
力だけならモウコよりも上、、彼本人もそれを認めているほどで、戦闘中にあっても不敵な笑みを失くすことはない。その表情もまたサウザーを彷彿とさせる。

サウザー様は拒否されたが、リュウキは元々影武者の役割も備えていた」
「なるほど、、、」

あのサウザーが影武者の類を置くことはあり得ないが、備えそのものを怠ることはない。それがシュメの中でも精鋭で構成された彼らの凡常。

「ところで蝙蝠」

ムスッとした顔でモウコが尋ねる。

「そなたの顔が随分と晴れやかになった。救い出した者たちの中に、近親者でもいたのか?」
「、、、いいえ、おりません」
というその顔は「ええ、いましたよ」と言っている。
だがモウコは「そうか」とだけ言い、辺りに目を向ける。その視界に入ったリュウキも、シュメの仲間たちも油断ない目で警戒を続けている。

あまりに簡単過ぎるからだ。

考え過ぎか?
天帝軍の加勢に敵も怖気付いたのか?

「モウコ」
リュウキ。流石の勇猛さだな」

リュウキは鼻で笑い、警戒を怠るべきではないとモウコに注意喚起する。もちろんシュメの棟梁モウコが、それを怠ることはないと知っていても。
次いでリュウキは、
「そしてお前が噂の蝙蝠か」
と蝙蝠に目を向けた。

「へい」
と返事した蝙蝠は、嫌味のつもりはない薄笑いで、やや上目遣いにリュウキを見る。
口元の片側だけ吊り上げたリュウキの笑みは、本当にサウザーに似ていた。

「本来、シュメが南斗様の技を会得した場合の処遇は存じていよう」
「もちろんですよ。ですが今はもう少しだけ延ばしてくれませんかね」
「フン、、我らはお前たちとは別のシュメだ。お前たちのことはお前たちでやれ」
「へい、、まあですね、私はシュメではないんですよ、もうね」


白の街の高い天井に幾つも設置された排煙口が轟音を上げて煙を吸い出している中、その音を掻き消す爆発音が響いた。それに続けて銃声まで。

「モウコ!」
「うむ、やはりか。銃器の類は設えているとは思っていた」

自動小銃を構えた敵兵たちの出現には流石の天帝軍も瞬時に劣勢に追いやられ、退却を余儀なくされていた。

「フフ、、聖帝様であったらこのような事態でも前進しか許されまいよ。なあモウコよ」
「うむ」

モウコは余計な言葉を発しない。ほとんど勝利を確信した戦況からの、この劣勢である。
組織を束ねる者としては、当然に無駄な兵士の死を避けたい思いがある。

「任せろ、モウコ。先ずは銃器を扱う者どもが、正規に訓練された兵士たちか、それを見て来る」

幸いにして市街戦である。銃器から隠れる物陰を探すのには困らない。
そこを獣のような速さで動き回れる人間リュウキなら、眼前の危険も最小限にまで縮小できる。
知恵を持った獰猛な虎が二本の剣を持ち、そしていつの間にやら、その後には優秀な部下たちが従っている。

「はぁ、凄い方ですねぇ」
「うむ、あれがシュメ最強の男リュウキだ。銃声と気配からして、、、さほど多くはあるまい。奴だけで制圧してしまうやも知れぬ」
「たしかに」
と蝙蝠は肯いた。


またもや幸いにも、銃器を構えた敵兵たちは野党に毛が生えた程度の連中であった。十人程度で一つの群れをなし、各群れが放射状に広がりながら攻めて来ていた。
リュウキは、このような場合に取るモウコの選択を知っている。モウコならこう考える筈だと。
敢えて攻め込ませ、敵の群れ同士の距離を遠くさせる。

「フン、素人め」

読み通りだった。自分たちが銃を持っているという有利にかまけ、せっかくのその利を自ら捨て去っている。
リュウキは、そして別の場所ではモウコと蝙蝠が、孤立したことに気付いていない愚かな群れに狙いを付けた。
身を潜めた天帝軍の勇気ある兵士たちも、ナンフーの手の者である手練れの働きを邪魔すまいと、一時の静寂を貫いている。

二人のシュメがリュウキと合図を交わすことなく同時に動く。銃兵の気を逸らすためである。流石の手練れであった。
リュウキは「見事!」と感心することすらしない。戦闘能力という点では「感応者」ではないそれらの戦士だが、
言ってみれば彼らも忍の者である。工作活動の類はその技量に不足はない。
彼らが作り出したスキを逃さず、リュウキが絶妙な機を以って敵兵たちの中央に飛び降りた。
着地しながら二人を斬り、残りの八人も瞬く間に斬り捨てた。反撃はもちろんのこと、何かしらの反応も満足にはさせない速さであった。
蝙蝠とモウコのコンビも、個人としてはリュウキほどの戦闘能力を持たないにしろ、力を合わせる分がある。
こちらも一瞬にして敵の群れを絶命させている。
他の工作員たちもガソリンをばら撒く火術を用い、銃を装備していてもただの野党上がりである敵兵を駆除している。
その優勢に乗じて隠れていた天帝兵たちも奮起。数人の犠牲者を出しつつも銃兵雑魚たちを追い返すことに成功していた。


「フフ、銃を構えても素人ではこんなものよ。やはりここは俺の出番か」

長い黒髪、口髭、黒いロングコート、、、
その黒い衣服の下の鍛錬された肉体。そして何より、さらにその肉体の内側に宿る「氣」。

逃げる雑魚たちには目もくれず、男は一人、各所火と煙が上がる白の街に足を踏み出した。

143.

荒野を一人行くケンシロウの後を、その男は追っていた。

男はケンシロウとの戦いを思い出す。
北斗神拳は闘神の化身とはよく言ったものだと、そう感心するしかなかった。あの強さは他に喩えようがない。
昔この目で見た拳王ラオウ剛拳も「神」を彷彿とさせるには十二分なものだったが、そのラオウを倒し、
真の北斗神拳伝承者になった今のケンシロウは、この荒れ果て乱れた世に降臨した一本の柱だ。

ケンシロウ

その気配に気が付いていないわけではないが、名を呼ばれケンシロウは漸く男に顔を向けた。

ガルダ

そこに立っていたのは南斗神鳥拳伝承者のガルダであった。


・・・時間は遡る・・・


「あたぁ!!」
「ゴフッ」

ケンシロウの神の拳がガルダの腹部を捉えた。
その強烈な衝撃とともに、自身の経絡秘孔を通じて北斗の氣が疾るのを感じた。

「こ、これが北斗の拳
「おおおお!」

ガルダの腹部に拳を置いたままケンシロウが力を溜めた。
しかし、その間に逃げることはできない。先の一撃でガルダの身体はほとんど機能不全と言っていいような状態に陥っていた。それほどの衝撃だった。
というよりも、ガルダが動けないことを知った上でケンシロウは力を溜めているのだ。


ガルダに、、、、悔いはなかった。

自ら望んだ戦いではない。バルバに命じられた故だ。
何故バルバの命令に従わねばならなかったか、、、、宗家に人質として囚われた者たちのことが脳内をよぎる。
だが、自身の持つ力を存分に出し切れた。結果として北斗神拳伝承者に通用はしなかったが、いずれいつかは訪れる死をこのような形で迎えられるなら拳士としては本望。
はじめから勝てないともわかっていた。
ここでケンシロウに敗れ、南斗聖拳真の伝承者となるだろうシンが北斗神拳への憎悪を増すための犠牲、ただそれだけに過ぎなかった。

それが俺の分だ。

本当なら自分の手でその翼を真っ赤に染めてやりたかったサウザーは既にいない。
そのサウザーを倒した男の同じ拳で生涯を終えるのは、奴と同列に収められるようで幾分か気分は曇るが、言ってみれば、「最後にいいものを見た」というところだ。

さあ、トドメを刺せ、ケンシロウ、、、

ガルダは目を閉じた。

「、、、?」

予想していたケンシロウの次撃が来ない。
ガルダが目を開けると、ケンシロウは拳を戻し、どこから見ても隙のない最強者の構えを解いていた。
そうか、、ガルダは独りごちた。
一撃、この一撃で、既に俺は死んでいる、というやつか、、、

ガルダは気付かぬ内に口元を緩めていた。穏やかな笑みを浮かべていた。
悪くない人生だった。
村を襲い先代伝承者であった母の命を奪ったサウザーを憎み続けた短い人生だったが、才なき自分がここまで南斗神鳥拳を会得できた理由でもあった。
多くの敵を無惨に切り裂いた自分がこんな気持ちで世を去れるのだから、まことにこの世は、人というものに不誠実だ。

ガルダは愛した人たちの顔を思い浮かべた。
これで最期だ、、、

ドズッ!!

「ヴッ!」

甘い死の夢想を打ち消すケンシロウの二指による疾風が如き突きがガルダの胸を撃っていた。

「くぉ、、貴様、ケンシロウ

最期の安らかな思いを苦痛にて打ち消すか!?
ガルダがそう思った時、自分の体内の変化に気が付いた。

「は? 身体が!?」

体内に満ちていた北斗の氣による蠢くような違和感が消えていく。

「秘孔の術を解いた」

そういうケンシロウの声はどこか悲しげでさえあった。単に年若い自分に温情をかけたということではないのが何とはなしに理解できた。

「!?、、、な、何故だ、、、」
「ならば言おう」
「、、、」
「お前の目は何者かのために死するを決めた者の目だ。俺はそれと同じ目を幾度か過去に見ている」
「な、、何を甘いことを! そんな話は要らぬ! どうあれ俺はお前を倒すために全てを尽くした!!」
「俺は、そんな目をした男を討つことはできない。それに、これ以上続けても意味がないことはわかっているだろう」

ガルダと真逆の落ち着いたケンシロウの声が、彼に冷静さを取り戻させた。

ガルダ、先ずはお前の訳を聞いておきたい。その悲しき目の意味を」
「ケン、シロウ、、、」





ケンシロウ、、南斗宗家はシンに、アンタへの憎悪を増し加えるためにと、南斗神鳥拳伝承者である俺の敗北と死を添えるつもりだった」
「、、、、」
「だからケンシロウ、俺の生存をシンに知らせれば無駄な戦いを避けることが可能なんじゃないのか?」
「いや」

ガルダにとってはまさかの否定だった。

「これは北斗と南斗の宿命だ。互いに研磨し合うのがサダメ。今のシンはかつてと違い、南斗聖拳の名をかけて俺に挑もうとしている」
「、、、ケンシロウ
「俺はその熱き思いを無碍にはできぬ」
「たとえそれが、どちらかの命を、、或いは双方の命を落とすことになってもか?」

双方の命とは言ったガルダだが、ケンシロウの強さは南斗神鳥拳の伝承者である自分から見ても世界が違うが如きである。
シンとて以前やり合った時とは違っていても、さりとてとても勝ち目がないように思えた。

「わかった。どうやら俺には理解できない深いところがあるようだな。じゃあ一つ頼みがある」
「、、、」
「俺がシンの前に顔を出せないなら、せめて遠くで北斗と南斗の宿命の一戦、検分させてもらいたい。言うまでもないが決して邪魔はしない」

対して、ケンシロウの沈黙は快諾を意味しないものの、それは否定ではない。

ガルダケンシロウに別れを告げ、その場を後にした。
棄てた筈の命がつながった。この時のガルダは、南斗宗家に対する勝利が近付いていることを、まだ知ってはいなかった。

 

 

 

 

142.

シンは上げた右手をピタと止め、次いで膝を一瞬だけ脱力した。
自然に下がる身体操作に加え、南斗聖拳の氣をシンならではの解釈の元、「南斗紅鶴拳」の斬撃を放つ。
生憎その比較対象はもうこの世に存在しないが、その拳の速さと鋭さは本家に劣らないものだった。
だからと言って、これは南斗紅鶴拳と呼べるものではない。
あくまで南斗聖拳である。
統合された南斗聖拳のひとつの技なのである。


無駄な氣の放出はない。しかしそれは氣の総量が少ないということではない。
南斗聖拳として限界まで鋭く小さく凝縮されているがため、無駄な力を溢れさせていないのだ。

ザウッ!!
シンの右手が空気を斬る音だった。
それぞれの指先に集まった氣の一点は動くことで線となり、それは斬撃に変換され、シンの速い斬り下ろしに乗って発せられる。
その衝撃波斬は敵の大斧と量豊かな筋肉、鈍い神経、太い骨、汚れた内臓、そして体液までも鋭く通過する。
ほぼ全て斬に力を変換した雑味のない衝撃は、シンに向けて走る敵の勢いを、少しも止めることはない。
ただ、背面から静かに敵は裂け、シンに到達する前に縦に切断されて地面に崩れた。
その空間は斬撃が余韻を残すが如くに透き通り、聴こえぬほど高い音が反射しあうかのような、超越領域であった。

ケンシロウ、今のはサービスだ。いちいち雑魚たちにこんな高出力の斬撃は用いない。北斗神拳というものは、戦えば全てを知り、それを自分のものとするのだろう?
これは一種の挑戦だ。
上手くやるコツ? 秘訣?
そんなものはない!
南斗聖拳の名を負う伝承者だからこそ、練り極められる技がある。
刮目しろ!
真似できるならしてみろ!

俺は南斗聖拳真の伝承者!
シン!!

殺到する狂った賊兵たちは、先頭の男が縦に斬り裂かれても、前に出る勢いを止められず、結果として逃げる間もなかった、、、


「、、、、シン」

ケンシロウも「斗」の領域さえ突破したような力をその目に見ている。体験している。戦っている。
ラオウの天破る剛拳、カイオウの魔闘気、、、
そして今ここに見るシンの南斗聖拳もそのひとつの極み。
しかし、それは「斗」同士の対決に見える繊細な機微を含んではいない。つまり、拳士としての全体の技量をまでは容易に察することはできない。
だがだ、、、あのシンの斬撃の極限までの鋭さから、ひたすら修練にかけた歳月が見て取れる。


「オゥルラ〜!! よそ見してんじゃねえ!!」

鉄棍を構えながらケンシロウに襲いかからんとする賊が近い!
シンの圧倒的暴威を見ながら、その男が背中を任せるケンシロウに襲い掛かるというのは、度胸でも勇気でもない。
その背後に拳王のような絶対的恐怖があるのでもない。既に正常な思考がぶっ飛んでいるだけだった。


いいだろう、シンよ。ならば俺もお前の誘いに乗じよう。最強の暗殺拳北斗神拳、見るがいい。

一斉に飛び掛かるような賊兵たちの隙間を、いや、賊兵たちそのものをすり抜けるかのような無駄のない幽玄のようなケンシロウの拳は、まさに神の拳!

「北斗断迅拳!」

一人につき、ひとつの秘孔点穴のみで半ダースの賊が一瞬にして崩れた肉に変化する。

「こ、、ここここ、こいつら、、、」

薬物中毒兵たちを率いる粗雑なリーダーの男だけは、正常な思考が残っている。
とても冗談ではなかった。
二人、、いや二つの殺人マシーンは互いを意識して技を見せ合ったのだ。それが感じられる。
奴らの自信を誇る技がこの虐殺である。自分も暴虐の限りを尽くして来たが、比較できるようなものでは、全くない!
その人外の強さを見て、いや、とても「強さ」などという表現では間に合わない何かを前に、男の魂は既に死の恐怖で凍て付いていた。

「こ、これが、北斗と南斗、、、」

「もうお前だけだな」
「は!?」

いつの間にか北斗の男が背後に立っていた。
薬物で理性を彼方に吹き飛ばした凶悪な兵士が三桁はいた筈だ。
それがだ、北斗南斗の凄まじい殺戮ショーに圧倒されていたほんの少しの間に、その半分は狂っていても本能的恐怖から武器を投げ捨て逃亡し、
一方の残り半分は、かつての人の形を全く以って為さず、ただただ無惨に転がっている。


「テメェに聞きたいことがある」

北斗の男の反対側から届く声、、それが既に刃物だった。
よく言葉は、時に刃物より鋭いとはいうが、その銀髪の男の声は、まるで音声そのものの中に刃が仕込んであるかのようだった。

「何故この村を襲った? 略奪目的ではなく、キサマらのやり口はただの虐殺だった」

「あ、ああ、、」

「その男は、キサマの意思に関係なく口を割らせることができる。俺もキサマの口を割ることはできるが、その方法は、わかるだろう?」
「待ってくれ! 言う!言う!言う! 話す! でも結局話しても俺を殺すんだろ!?」
「そんなことはしない」
「ほ、本当かよ、、、わかったよ」

このような状況に置かれては話す以外に選択の余地はない。僅かな希望を掛け、男はまさに命懸けで全てを話し出した。

「やはりな。わかった」

ピトッ
「え?」

シンの右の貫手が男の胸に当てられた。
経絡秘孔を突いたのではないというのに、恐怖で麻痺した身体は動かすことができず、ただ冷たい液体が全身を巡るのだけが感じられる。

「は、話したろ、、? 話したら助けるって、、」
「ああ言ったな」
「で、てすよね! 何か怖い目してるなぁなんて!思って!」
「言ったが、あれは嘘だ」

ヌプ、、
半液体半個体に指を挿し入れるように容易に指が男の胸に滑り込む。

「あ!?、、、あおおおおあ、、、!!?」

胸毛の濃い厚めの皮膚は元より、心臓部を守る胸骨も、シンの突きを止める術を持たず、男は自分の胸に優しく入り込むその指を理解できず、どこか他人事の視点で見ていた。


「片付いたようだな」
ケンシロウが低い声で言った。
「、、、、」
「、、、」

仕事が終わった途端、どこか気まずい沈黙が漂った。そう思っているのはケンシロウもだろうか?とシンは考える。

ケンシロウ

シンは弱い氣を右手に込めて血を振り落とした。

「なんだ、シン」

シンは笑いそうになった。この凄惨な死骸の数々が散らばる中で笑いそうになった。
ケンシロウから受ける鋼鉄のイメージ。これは拳のみでなく、精神性の表れでもあるのだろう。

「この出来事の裏にいるのは俺の身内だ」
「南斗宗家と、この男は言っていたな」
と、胸に穴が空き白目を剥いて倒れる男を一瞥した。

「その始末は俺がする。その後だ」
「、、、ああ」

シンは目を瞑った。
ケンシロウ、、、ただ、北斗神拳伝承者であるという事実が、その事実だけが、この男との死闘を望む理由。

「今更憎しみなどない」
「、、、、」

言いつつ、無理やりにサザンクロスでの敗北を思い出す。血が黒くなる。
北斗神拳の前に敗れ、恐れ怯えた南斗聖拳の先人たちを思う。特に南斗聖拳最強だったサウザーの敗北を。
だが、そんな暗い感情だけではない。
シンは確かに見たのだ。あの南斗の先人たちの修練場で。

「俺は、、南斗聖拳伝承者になった!」
「、、、南斗聖拳の、、、」

そうだ、ケンシロウ。俺は南斗「聖拳」の伝承者だ!
南斗孤鷲拳ではない、単に数ある南斗聖拳の流派を多数会得したということでもない。

南斗聖拳伝承者として南斗の恥辱に塗れた敗北の歴史を背負い、そして一人の男、拳士として!」
「、、、、」
北斗神拳伝承者に勝負を挑む!」

ギラッとシンの目が光る。
ケンシロウはその強い目線に、シンの思いの全てを見た。そして目を閉じた。息を吸い込み、吐く。次いで目を開いた。

「旧き友との再会も、、、、これも北斗神拳の宿命か。いいだろう。誇り高き拳士の挑戦を北斗神拳が拒むことはない!」

大きな声ではない。だがその低い声には強い決意があった。

「感謝する」
「シン、、」
「だがまだ一仕事残っている。「その時」は追って伝える。構わないか?」
「うむ」

もう後には戻れない。いや、そもそも分かれ道のない一本道だった。
全てこの宿命の対決のために生かされた、そのために死の淵より戻されたと、そう捉えるしかない、、、

141.

「おぉ、、この子だけは!この子だけは!」

老人は必死の思いだった。
この非情な世界を何とか知恵を駆使して生きながらえては来たが、遂にその人生も幕を閉じる。
それは構わない。
ただ、この子だけは、孫だけは守らなければならない!
両親を失い悲しみの果てにいる孫を思いながら、何か自分にできないか、それだけを思って生きて来た。この生きる価値のない世界を。

まだ幼い彼に笑顔が戻った時は、こんな時代だというのに、あろうことか神に感謝した。
この子がいたから生きていられた。生きて来られた。
なのに、、突如村に現れた残虐な暴徒は次々に人々を襲い、何故なのか食糧庫にさえ火を放って回った。
もう何が奴らの目的なのかわかりもしない。
強いて言うなら虐殺そのものが目的なのだろう。
よだれを垂れ流しながら、人々に凶刃を突き立て、女の肩を噛みちぎる残虐な悪の使徒。極悪というだけではない。完全に狂っている。
老人は孫を連れて夢中で逃げた。
だが、身体は衰えており、恐怖が更に逃げ足に重さを増し加える。

せめて、この子だけは!
おお、神よ!!
神への請願など無意味だと知っている。
それでいて、ここで神の救いの手が自分に、いや孫に伸ばされることを祈る無力な自分に、恐怖で思考が鈍る中でも嫌気が差す。


「待てゴラァ!」

素手でも自分を容易に殺せるだろう逞しい肉体を持つ悪魔が、人の血を存分に吸って尚溢れるような恐ろしい武器を手にして追いかけて来る。
笑いながら追いかけて来る。

この子だけは!この子だけは!!

その時、老人は目の前に現れた黒い皮で身を覆った鋼鉄のような男に救いを求めた。
その男の静かで険しい両の目は、背後に迫る狂人とは明らかに別物だった。

次の瞬間、、、何が起きたのかは老人に理解できなかった。
その男は指一本で悪魔の突進を止めて、一言だけ言った。

「お前はすでに死んでいる!」

悪魔が光を放ちながら砕け散って行くように見えた。本当は光など出ていないかも知れない。だがそう見えた。そう思えた。
神よ、、、
悪魔をこうも簡単に滅ぼせるのだ、、この人は神に違いない。老人は安堵から眠るように気を失った。

 

追い詰められた男が剣を構えながら言った。

「てめ、てめえケンシロウか!」
「、、、」

頭のいかれたこの賊たちの中では、比較的明瞭な判断ができる男のようであった。

「くそ!くそが!」

逃亡という選択肢もなく、覚悟を決め、剣を上段に構えながら男は突進した。

「あた!」
ドッ!
剣を振り下ろす間もなく、、そんな間は全くなく、先にケンシロウの右拳が男の左頬骨を打ち砕いた。

「ぐ、ぐご、、」

それでいてまだ倒れず踏ん張る男に対しケンシロウは、「ほぉぉ、、、あたたたあ!!」と鋼鉄よりも硬い拳を撃ち出した。
その一瞬で繰り出された拳は十数発!
「ゲブォ!」

全身に神拳の跡を残された男は吹き飛び、背後のコンクリート壁に激突した。
経絡秘孔を突くまでもなく、壁に激突するまでもなくのオーバーキルであった。

その直後だった。
もう一人の男がケンシロウに飛び掛かる。その勢い、速さは常人のものではない。
しかし、ケンシロウは振り向くまでもなく右後方から襲うその敵を、裏拳の一撃で地面に叩き付けた。
ケンシロウはベタン!と地面に打ち付けられた暴徒の姿に目を下ろした。

「む!」

ピ、ピピッ、、

「これは!? 南斗聖拳?」

叩き付けた敵は幾条もの線に沿うようにバラバラと解体されていた。
飛び掛かって来たのではない。こちらに向けて吹き飛ばされたのだ。
ケンシロウは直前まで男がいたであろう方向に目をやった。
そこには、、、、、

「お前は!?」
「、、、久しぶりだな、ケンシロウ

ケンシロウが記憶に混濁を来していたあの時を除けば、まさに文字通り、久しぶりの再会だった。
それは、宿命・因縁の再会にも拘らず、やけに唐突で、もっと言ってしまえば味気ないものだった。

端正な顔に銀の髪、無駄の一切ない極限の戦闘に特化した肉体、そして南斗聖拳独特の身に纏った鋭い氣。

「シン、、、」

意外にも、ケンシロウの驚きは少ない。
自分になど既に今更の関心はないからか?と訝る彼にケンシロウは言った。

「噂は本当だったのか」



時はまだケンシロウが天帝とことを構える前だった。

廃ビルで火を起こし暖を取って休んでいた時、「ケンシロウ様」と背後から声がした。

北斗神拳伝承者の不意を突くように現れることはできない。だから、いきなりのように現れても構わなかった。決して無礼なことではない。北斗神拳に属する下部組織オウガに属するその男はケンシロウに物資を届けるために姿を見せた。

「今回は遅くなりました」

南斗聖拳と違い北斗に属する人間は少ないがため、オウガの人員はシュメよりもずっと少ない。
それが先の大戦で更に数を減らしている。ケンシロウの好む皮革製の衣服にプロテクターを付けて届けるのにも結構な手間を伴う。

「すまない」

早速ケンシロウは届けられた新しい衣服に袖を通す。

 

「良い品質だ」

無愛想に聞こえるその言葉も、北斗神拳に任務を超えて陶酔するオウガの男には何よりも有り難い。

古い衣服を回収し、丁寧に畳むと自分の皮袋にしまった。新たな衣服の調達の際、小さな修繕などに用いられるのだ。
次いで男は干し肉や缶詰のように保存の利く食糧を入れた別の皮袋を手渡した。

そして付け加える。

「今日はもう一つ、、、物ではなく情報があります」
「情報?」
「、、、、はい」




「知っていたのか」
「聞いていたのはレッドイーグルという名の賞金稼ぎと、そして帝都の将軍の一人ボルツを倒したという男のことだ。その特徴を聞いていた」
「、、、」
「まさかとは思ったが、、シン、本当にお前だったとは」

ケンシロウの視線が僅かに下がった。シンの胸から胴を見たのだ。
確かに秘孔は突いた筈、と。

一方でシンも、改めてケンシロウと対面してわかったことがある。いや、逆にわからない。わからないことを知った。無知の知だ。
ケンシロウは、鋼鉄のような硬さを感じさせながら、同時に砂煙のような危うげで朧げな気配も漂わせている。
もっともこれは、シンだからこそ感じ取れる最強者の気配というものなのだろう。

「シン、話は後だ」

頭の逝かれた暴徒たちの怒号と逃げる人々の叫び、、爆発音までが彼らの耳に繰り返し繰り返し猛烈に飛び込んで来る。

「フッ、、、そのようだ。南斗北斗が揃う日にここにいたことの後悔を、地獄でもしてもらおう」

乗って来た。
殺人が楽しいわけではない。
力を解放するのは南斗三面拳のヒエン戦以来だった。しかし、あの戦いは哀しいものだった。
それが此度の戦闘には逃げ惑う人々を救うという大義名分があり、彼の背中を後押ししてくれる。遠慮はしなくていいんだと言ってくれる。

「先に行くぞ!ケンシロウ!!」

バッ!
シンは多数の新手に向かって走り出すと、そこから一気に跳躍した。いや、それは飛翔である。
人間による、、少なくとも人の形をした者の常識外れの高い飛翔に呆気に取られた賊たちはほとんど動けず、彼らの中央にシンが着地するのを許してしまった。

ケンシロウに自身の拳を見られてしまう?
そんなことはどうでも良かった。何故ならこいつらに見せる拳など、今の自分の極々一部の力に過ぎないからだ。
ケンシロウはその拳士の、本人さえ意識できない癖を見切るのだろう。

見切れるなら見切ってみろ!
ケンシロウ!キサマのその見切りさえ、、、俺は!

「見切ってやるわ!!」

賊たちも、いきなりそんな言葉を掛けられたところで意味不明である。
もっとも、言葉を理解できるような状態とはとても思えない。血に酔ってとち狂っているだけではない。
間違いなく何らかの薬物にどっぷりと浸かっている。
しかし、それがシンの無慈悲で聖なる拳を止める理由になどなりはしない。

当然の如く、暴れる狂人たちは突然に肉塊と化し始めた!

荒く裂く!鋭く斬る!防具ごと貫く!肘で頭部を吹き飛ばす!
飛び蹴り一つ、つま先から発する南斗聖拳の裂気で同時に五人の賊がバラバラと崩れ落ちる!!

薬漬けで正常な思考を失っている賊たちでさえ本能的な恐慌を来たし、例外なく我先にと逃げ出すが、その先には、、、

「お前たち、どこへ行くんだ?」
と低い声がした。

「あとぉぅお!!」
ケンシロウ独特の高い怪鳥の声が響く。

賊たちは北斗の拳にて、その場に倒れ、或いは北斗の蹴りで吹き飛び、数秒のラグの後に肉体を不自然に変形させ、
そうでないなら内部から激しく破裂し、臓物と血液と、そして糞尿を撒き散らした。

「うおおおお!」
更なる敵が押し寄せる。今時どこにこれほどの賊が?

「囲め!!囲んで一気に叩くんだ!!」
現在、これほどの兵数を動かせる軍組織はもはや存在しない筈である。
徒党を組んだ小さな組織は幾つもあるにせよ、この数はあまりに不自然である。それなりに有力な指導者がいなくてはまとまる訳がない。
ならば考えられるのは一つ。

宗家以外には思い付かない。

 

蝙蝠に案内された廃棄場で見せられた凄惨な眺めがシンの意識の内を掠める。
人骨、、、特に小さな人骨の夥しい量、、、
それはむせるような悪臭とともに、シンの脳に強烈に記憶された。

「奴らは、、、戦争を作り出しては金儲けし、その際に孤児たちをさらっていたんです。以前の世界でもね」


死体を畑の肥やしに使い、できた作物で兵を雇う。その兵たちを薬漬けにして村を襲わせ、人が食してはならないものを食糧として蓄える。
それが南斗宗家の支配層の美食だと、奴らは言うのだ。

「蝙蝠、ただの正義感ではなさそうだな」
「これでお怒りにならないようなシン様ではないでしょう、、、、、個人的な理由については、、、いずれ、お話しできれば」

 

敵の配置が完了した。
百を優に超える武装した賊兵が二人を囲んでいる。
だが、、、それがどうかしたか?とばかりにシンは笑う。

一方でケンシロウの表情には変化がない。凄味と蔑みの混ざった眼で敵を睨んでいる。
敵とはいえ、「敵ではない」ような連中だが、囲まれた状況故、二人は自然と互いの背中を合わせる形となった。


ケンシロウは遠い日のことを思い出した。牙一族を相手にレイに背中を預けたことを。
シンにとっては、これは初めての体験だった。同じ南斗の拳士にも背中を預けたことはない。
それより先ず、このような状況がなかった。シンにとって、同門とはいえ南斗六将は牽制し合う仲。
それがここへ来て初めて自分の背後を任せるのが、、、北斗神拳真の伝承者であり、かつての強敵、あのケンシロウ
ユリアのことはある。胸に七つの傷を与え、生死の境を彷徨わせたこともある。
シン自身もその復讐で受けた、胸から背中まで突き抜けたような十字型の傷がある。

だが、今はそこに思いを向ける時ではない。


「キサマら取るに足らない雑魚でも、逃げるならば追いはしない。だが、我らが間合いに入った者には、、、」
シン、そしてケンシロウという超絶的な拳士にとって、既に敵は間合いの中にいると言っても間違いではない。
敢えてシンがそう言ったのは、高揚しているが為、自分が快楽殺人者になるのでは?と自身を恐れたからであった。
正確には殺人ではなく、自分の拳を存分に発揮できるほどの戦いを好んでいるのだが、南斗聖拳がその持ち場に着けば死者の出ないことなどありえない。

「、、、死あるのみ!!」

その場の空気を斬り裂くような声が響き渡った。恐怖が辺りを支配し、誰も言葉を発しない。
それで良かった。
今は暗殺拳としてではなく、戦場の拳としての南斗聖拳である。敵に死を受け入れさせるよりも恐怖させるのが正解だ。
そうでなくても、こいつらに人間的な判断は期待できない。

「くっ、テメェら! 行け!この人数だぞ!」

それでも賊たちのリーダー格の男が無理に喚き上げる。
その安い口調から知れる事実は、この程度の男がこの狂賊どもの本当の主導者ではないということだ。
そんな出来損ないのリーダーの言葉に煽られ、比較的思考が冴えている賊どもがそれぞれの武器を握りなおす。
相手は超人的な戦闘力を有していてもたったの二人という数的有利な状況が、愚かな賊どもの戦意を呼び戻すのだ。

ポキポキ、ポキキ、、、
シンの背後のケンシロウが拳を鳴らす。

「死にたい奴から、前に出ろ」

と、抑揚の特にないケンシロウの死神の低い声が敵の恐怖を煽り、そして挑発していた。

「怖気付いてんじゃねえ! こいつらをヤりゃあ、報酬は思いのままだろう!?」
「報酬、、、、そうだ!報酬だぁ!!」

力だけは強く、しかし特に頭の悪そうな一人の賊が、最早言葉にならない何かを叫びながら、シンに向かって走り出した。
報酬、、、偽りの楽園を視せてくれる白い粉か、或いは液体か。

 

「何でもいいか」

と、シンはケンシロウにも届かないような独り言を呟いた。

そう、何でもいい。戦場での南斗聖拳を前に、それがどんな意味を持つ?

 

一人の突進を切っ掛けに周囲の賊兵たちも走り出す。
対してシンは右手首をほとんど直角に下に曲げ、そうしてゆっくりと上に振りかぶった。
先ほどの男が怒号とともにシンの「一線」を超えた。まだまだその男が持った装飾付きの大斧が届かない間合いである。
シンは氣だけでなく、身体の運用にも意識を集中した。上げたシンの右手が止まる。

 

「鬼神をも斬り裂く南斗聖拳の爪の跡、、、その身に刻まれ地獄に堕ちろ!」

レイ.30

「ありがたい」

そう言ったのはセイランだ。
左手の指を二本失って尚、ありがたいと言えるその理由を知りたいところだ。

「やはり強者と拳を交えるということには大きな意味がある」
と、セイランは口元に笑みを浮かべ俺を見る。
もう既に、調気により奴の手と腹からの出血は止まっている。
俺も、同様に浅く斬られた肩の血を止める。

「拳から無駄を削ぐというのは難しい。果てしない反復の先に見えることがあるかも知れぬ、という程度のものだ」

セイラン、、、
ジリッ、砂を踏みしめる俺の足が小さな音を出す。油断なく奴の動きを見る。ここで重要なのは洞察と対応。
この男との対決において、指二本取ったことは、思ったほどの有利ではないようだ。そんな有利を信じ、迂闊には仕掛けられない。

そんな不気味さがある。

「実戦にあって己が拳を存分に振るう。これはいかなる鍛錬でも再現できぬ」
言いながらセイランは構えたまま、ゆっくりと、ジリッ、、、ジリッと近づいて来る。

一足一刀の間合い。

南斗聖拳、、、
高い技術を有していても、基本的には筋肉と骨だけで動くだけの常人の武術とは、南斗聖拳の間合いは別物だ。
俺も奴も速く、そして全てを断ち斬る剣を持っている。

「繰り返した我が攻め。実戦での間合いでの攻め手。鍛錬では気付かぬ無駄を知れた。俺の拳は洗練された」

はじめの印象と違い、この男、、わりと話す。

「そして俺の刃のバリは、、レイ!キサマによって取り除かれた!」

指を失いながら、、、なんて、、前向きな考えだ。
俺はその考え方に鳥肌が立つ。この死闘の中にそんな発想をするのは、それは決してポジティブというものではない。

「人を斬るのに刀は一本でいい。二本の指を失ったところで、俺の拳にある無駄を削ぎ落とした程度のこと。もうこの二本の指が落とされることはないのだから」

ジリッ、ジリリッ、、、

俺は呼吸に意識を移し、奴との間に張られた間合いを脳内で可視化した。

俺の一歩の踏み込みで届く間合い。
それと、これまでの戦闘で予測する奴の間合い。
だが、南斗聖拳には飛び道具がある。
指先までの空間把握では遅れを取る。その遅れは直結している、、、

死に、、、


奴はミリ単位で間合いを詰めて来る。
自分の間合いに入って仕掛けるか?
俺を先に動かした上での間合いを測っているのか?
それとも南斗の「長い手」で間合いを崩すか?

読み合いだった。

ツー、、、、
俺の頰を伝う汗は冷たかった。
その冷たさが俺に、俺の方も追い詰められていることを悟らせる。
俺はいつもよりほんの少し構えを低めた。

心は決まった。

左手左足を前に構えたままだが、ここで構えを大きくは変えられない。
構えを変えることに意識を逸らした瞬間を、この男セイランは見逃さないのではないか?
見ろ、奴の顔を。
目は血走り、笑っていやがる!
感じているだろう寸断される恐怖より、この戦いが楽しくて仕方ないのか?

俺なりに可視化したドーム型の間合いと、奴に見る予測のドームが、、、、
今触れ合う。

ビリビリ、ビリビリッ

そんな音と火花が俺の脳内でイメージされた。

ドームは真球を真っ二つにした上半分ではない。俺を中心に後ろはやや短く、横はやや広く、前には長い。

奴のドームは攻撃により特化した拳のため、俺のそれよりも前が長く、後ろがより短い。

そんな歪なドームがせめぎ合うかのようだ。

 

そして、、、
奴の注意深い前進も止まった。
俺の予測は正しく機能していた。
もう一つ言うなら、そこで止まったセイラン!
奴もこちらの間合いを正確に読んでいるということだ!

目を逸らせない。
それ以上に氣を逸らせない!

俺たちの呼吸は、まだ合ってはいない。
あえて合わせていない。

吸気がピタリと合った時、、、、間違いなく俺たちは同時に出る、、、
そうなった時の結果は、もちろん読めない。

要素を探せ!
勝ちにつながる小さな要素を!

お互い陽を背負ってはいない。風はほとんど吹いていない。
気を散らす砂煙も、用心しながら進む旅人の姿もない。
既にこの辺りの地面の状態は完全に記憶してある。

ふと、、、
ケンシロウと向き合った時を思い出す。
南斗虎破龍と北斗龍撃虎、、、あの時を。
、、、あれは演技だった。牙一族を騙すための演技だった。
演技だったが、、、そこに油断はなかった。ケンシロウと拳を交わすに際して、油断などできようか。

それも今は雑念だ!

その隙を感じてか感じずか、セイランは動かない。奴も奴なりに意識が彷徨うのを制御しているのか?

全身に冷たい汗を感じる。

このセイランよりも確実に強い男サウザー
その拳を、奴は知っているのか? そうなのか?セイラン!

俺は、、、トキの拳を知っている!

、、、、トキなら?

フゥゥゥゥゥ、、俺は長い息を吐いた。
これに気付かないセイランではない。奴も呼気を合わせ、、た!

あまりに長く吐き続け、酸欠を感じた時だ。
俺は息を吐くのを止めた。奴も止めたのがわかる。

二人だけの無音で色もない世界で、、、
俺たちは同時に、、息を吸った。肺の膨らみを感じ、全身の血管を、毛細血管の隅々まで、氣が通る。


、、きっかけなどなかった。

ただ、呼吸が合ってしまったのだ。

バリン!!

ぶつかり合ったドームが割れた!
イメージの中に視えたドームが割れ落ちる!

前に出る俺の速さを、空気が壁となって遮ろうとする!

ピゥ!

交差!!


しかし、直線と直線がぶつかり合った末に通り過ぎたのではない!
俺の直線は、その瞬間に上に跳ねた!

ザッ!
セイランが俺の背後で足を止める。

スゥ、、
俺はほとんど音を立てることなく着地した。膝が地に着くほど低く、座り込むように着地した。
セイランの向き直っての二撃目は来ない。それを知っているからだ。
だから、この柔らかく低い着地でいい。


互角だった。
南斗鵷鶵拳のセイラン、、、まさに六聖拳に並ぶ男だった。

たまたまだ、、、
たまたまの勝利だった。

賽を投げ、奇数が出るか、偶数が出るか。仕掛けのない賽を振った偶然の結果に過ぎない。
だが、俺は生き残り、俺と互角の力を持つセイランはここで斃れる。
リアルタイムで成長を見せたセイランが生き残れば、奴の拳は更に高まっただろう。
だが、奴が積み上げ、研鑽した南斗の拳技はここで消えた。

俺の100と奴の100が交差しても、互いにゼロにはならず、一方の100だけがゼロとなったのだ。

俺は運良く勝利した。
だが、、、もしかすると勝敗を分けたもの、、、それは、、、、

俺はかつてラオウに、、馬上のラオウに飛び込んだ。
100の放物線で飛び込んだ。100と100をぶつけてゼロにするために。
それを、ラオウは俺の100が弾ける爆心地を見切り、ぶつけるのではなく、意表を突いたマントによりずらすことで俺の100が発せられるのを、、未然に防いだ。
100にこだわった俺は、目の前のマントさえ切り裂けずに自由を奪われた。
どうだろうか?、、、マントを斬ったとして、結局はそれで俺の100は逸らされた筈だ。

ゼロにされた俺は、いや、ゼロのまま100になれない俺は、、
たった一本の指で破れ去った。

 

もちろん、「こちら」では起きなかったことだが。

 

、、、、、、、

、、、、、、俺は、、、セイランとの衝突点に、、100を置かなかった。


はじめ、お前が逆十字形に舞ったのと同じように、衝突の手前で俺は身体の上下を入れ替えた。
100を透かされたお前に、俺は上から10を置いた。たった10を。

だが、お前ほどの男なら、俺のこの動きも読みの中にはあったのではないか?

やはり運、、、ただそれだけだ。

だが、このほんの一瞬で、、、奇数か偶数かで、お前はゼロになり、俺は100より少し上になった。

これが死闘。

これが南斗聖拳の戦いなのだ。

 

140.

「ケーーーーーーーン!!!」

口にかまされた轡(くつわ)を噛み切ったその若者の叫びは、遠く見守るシンの耳に届くだけでなく、その冷えた魂をも揺り動かした。

自分とは無関係な若者とはいえ、磔にされて非道な拷問を受け続けているその哀れで酷い姿を見るのは、
それ以上に残忍な結果を幾多も生み出したシン自身にとっても、凄惨極まりない光景と言えた。
だが!
ボルゲとかいう謎の大男によって今にもその幕を閉じようとしていた北斗神拳の長い歴史を救ったのは、まさにその若者の叫びだったのだ。
記憶を失い、本来なら敵ではないような男に劣勢に追い込まれている腑抜けたケンシロウに対する叫び。
自分への救いを願う叫びではない。ケンシロウを思っての無私の、心の底からの慟哭だった。

「これで目醒めねば、キサマはその程度だということだ、ケンシロウ

シンは思わず一人口にした。
その若者がかつて、サザンクロスでのシンとケンシロウの対決を見ていた少年であるとは、全く思いもせずに。

そして、、、
若者の叫びが、魂が、北斗神拳伝承者ケンシロウを復活させた。

ケンシロウ、、、」

凄まじい強さだった。その姿はまさに闘神の化身。鋼鉄の拳が打ち込まれ、ボルゲの身体はボコボコに変形して行く。
ボルゲという男も、一軍を壊滅させるほどの常軌を逸した超人的な強度を持ってはいる。
しかし、それもケンシロウの前にはほとんど無力。いや!まるで無力だった。
もちろん、南斗聖拳を究めたシンであれば瞬く間に、あのボルゲも悪臭を帯びたただの肉の塊に変えられる。

そこではないのだ。
シンがケンシロウに刮目したのはそこではない。

いかなる敵をも砕き滅ぼす南斗聖拳と、北斗の拳は質が違う。結果的な殺傷力は同じだと仮定しても、北斗神拳にはラグがある。
その数瞬の重みがある。
敵に敗北を認めさせる時間がある。

そして何より、熱い。

あんな熱い拳は見たことがない。あれほど思いの篭った拳を、シンは知らない。
ケンシロウの激しい怒りのままに自分自身が受けたかつてのものとも、まるで重みが違う。

「まさに、、」

理由もわからぬまま目が潤むのがわかる。

「まさに、、北斗神拳

自身が発したその言葉が、シンの本心を表すものだった。
これが北斗神拳、、、
かつて、ユリアを守りながら乱世を生き抜くのにはあまりに甘過ぎると、そう思わせた青っちい男が、今では鋼鉄製の巨木のような男に成長している。

北斗神拳を超えたいという気持ちに付け込まれ、或いは敢えて飛び込み、いつの間にか想像以上に南斗宗家に毒されていた。
南斗三面拳との修練には、この上ない感謝と意味はあれど、あの三人も結局は騙されていた被害者なのだ。

そう、南斗宗家は呪う者たち。

真実はどうであろうと関係ない。呪い憎むことで成り立つ組織。ただそれだけのこと。それだけが存在意義。

ケンシロウの熱き思いと拳が、遠く見ていただけのシンの思いを洗う。
拳士として純粋に北斗神拳を超えたいという思いと、南斗聖拳伝承者としてその名の復権させるという願いは、宗家に植え付けられた憎悪によって靄がかかってしまっていた。
魔神にならずとも、禁断の魔界に足を踏み込んだシンの魂を救ったのは、北斗神拳伝承者ケンシロウだった。
ケンシロウの圧倒的に熱い拳だった。

「はぁ〜、やはりケンシロウ様は凄いですね」

シンの感傷的な思いを、背後からの力が抜けたような声が遮断する。良くも悪くもシンは我に返った。

「蝙蝠、、、その姿は!!」

振り向いた先の蝙蝠は全身が血塗れだった。しかし、足跡には血の跡がない。返り血か?

「ああ、これはですね、、あっと、お久しぶりですシン様。これはですね、ほとんど返り血ですんで問題ありません。ちょっと一仕事ありまして」

一仕事と簡単に言えた様子ではないが、蝙蝠はいつもの通りであった。

「それにしてもケンシロウ様、、私にはもう言葉では表せませんよ、あれは」
「ああ、奴は最高の拳士だ」
「あれ?随分とあっさり認めるんですね」

遠く、最後はボロボロの筈の若者が手にした短刀でボルゲにトドメを刺しているところだった。

だが、、、、

「あ、あぁ、、あの若い御仁、、、もう、、」
と蝙蝠が言う通り、あの若い男の命は今にも消え掛かっている。
そして、、、、

「残念ながら、、ですね」

若い男は死んだ。ケンシロウを目醒めさせて死んだ。様子からして彼らが昨日今日の間柄ではないことは明白だった。
かつてはシンと同じ南斗聖拳のシュウが、そしてレイが、敵という一面も持つ北斗神拳の男ケンシロウに自らの光や命を託して死んだ。
俺のためにそこまでしてくれる者はいるか?
自問しても浮かび上がる像はない。

恐らく、あの若い男やシュウたちだけではない。
他に何人もの男たちがケンシロウに託しているだろう。この乱世の光となるであろうケンシロウに、自分の願いと命を。
北斗神拳伝承者だからというだけではない。ケンシロウという人間だから、というだけでもない。
北斗神拳伝承者ケンシロウだから、己の全てを賭けたのだ。
もしかしたら、、、あのラオウでさえも。
それが否定したくてもできないほどに伝わって来る。

「シン様、、」
「何だ?」

蝙蝠は神妙に、そして少し覗き込むようにシンを見つめた。
「あの人に勝てますか?」

直球だった。南斗聖拳の全てを破壊する突きのように真っ直ぐな問いだった。だが、その問いが、ただの好奇心によるものではないこともわかる。
シンはすぐには答えず、かわりに他のことを話し始めた。

「俺は南斗宗家と接触してから、北斗神拳の実態がどれほど悪で、そして南斗聖拳を、あらゆる手段で虐げて来たかを聞いた」
「、、、はい、、」
南斗聖拳が一枚岩になれば、北斗神拳にとって最大の脅威となる故、組織内に分断の種をばら撒いたともな」
「、、、はい、、、、」
「、、ケンシロウを見てわかった。それは全て嘘だ。そう、嘘だ。南斗宗家は嘘でも構わない、そんな連中だったな」
「はい」

蝙蝠の相槌は早かった。

「その宗家は、我らが滅ぼします」
「何?」
「ナンフー様の協力を得られることになりました。それで先程少しだけ仕掛けましたので、このザマです」
と、血で汚れた自身の姿を説明した。

「ナンフーと手を組んだのか、、、、サウザーの子は大きくなっていたか?」
「それが、ナンフーというのは少し私の読みも外れまして、つまり一言で言うと、南斗将星専属シュメの存在意義を肯定する為というか、、、」
「なるほど」
「はい、左様なところでございました。サウザー様のお妃と御子息はどこかで匿っているそうです」

蝙蝠と、そして手練れ揃いの将星付きシュメたちが動き出した。
だが一つ、腑に落ちないことがある。

「蝙蝠、何故お前は宗家を滅ぼそうとする? 将星のシュメならまだわかる。サウザーが宗家を敵として見定めていたからだ。だがお前はわからない」
「それは、、、直接お見せした方が良いでしょうね」

蝙蝠は彼らしからぬ深刻な顔を見せる。シンとの戦闘中でさえ、これほど締まった顔はしていなかった。

「コウケツという、かつて拳王に仕えていた男がいました。ケンシロウ様にアレされてしまいましたがね」
「それで?」
「その男はですね、まあ、簡単に言います。人間の死体を田畑の肥料に使ってたんです」
「死体を、、」
「どう思います? 率直に」
「、、、」

非道なことには間違いないが、シン自身もある意味では荒地に死体をばら撒いて来ている。
しかも、生きた人間を「解体」してばら撒いたことを考慮すれば他人のことを悪く言えた立場ではない。

「いろいろとお考えでしょうけど、やっぱり人の道を外れてますよね。てなことを言うとシン様も、自分もそうだ、なんて言うのでしょうけど」
と、蝙蝠は飄々と言ってのける。
だが、それが今回ばかりは見せかけの態度だと感じ取れる。

「南斗宗家の人間も、ですね、、中には洗脳から覚める人もいるんです。もしかしたら、たくさんいるのかも知れません」
「蝙蝠」
「ですがね、人間てのは、、、心は自由だなんて昔はよく聞いたものですが、実際そんなことはない。特に私らみたいな特殊も特殊な世界の人間はね」

南斗聖拳、南斗宗家、そしてシュメ。
普通や一般という言葉とは絶対に相入れない。

「それでもです。少しでも自分に何かできないかと協力してくれる方々はいるんです」
「その一人がリハクか」
「知ってましたか。私あの方大嫌いなんですが、今回は感情抜きで付き合ってますよ。あの方も宗家を憎んでます。滅ぼしてもいいくらいに」
「ただの、北斗憎しのカルト集団というだけではなさそうだな」

もちろん、ただそれだけの集団でないことは理解している。南斗鳳凰拳以外の南斗聖拳秘伝書を保管していたり、南斗聖拳の歴史にも明るい。

「ですので、やはり直接、、、いえ、とにかくご案内します」

と、蝙蝠はシンの返事も待たずに歩き始めた。
他の選択肢も思い浮かばずに仕方なく、その後に続くシン。
最後もう一度、遠くを振り返った。

ボルゲの手下どもが四方八方へと逃げ去る中、ケンシロウは若い男の遺骸を抱き上げ、静かに引き返している。
そして、やはりまだまだ少女の枠を出ない若い女が涙を吹きながら、頼りない足取りでケンシロウの後を追っている、、、